[電気仕掛けの鳥籠。]
「こんなもんかな……っと」
小さく呟いて、トリムはさっきまで端末に接続していたケーブルを首筋から引き抜くと振り向いた。
「アニキー、施設の見取り図ダウンロードしといたよー」
彼女の言葉に、雪風がかすかに頷く。
「面倒な依頼だよねぇ、しっかし」
再び端末へと向き直り、キーボードを叩きながら溜め息をつくトリム。
「ギルド通してくれれば、あっちの端末使えるのに……あーもう、制限かかってるとこ多くて面倒だなぁ……オレ火力支援型キャシールだよ?ネット潜るの、そんな得意じゃないってーのになぁ」
「仕方があるまい」
雪風の声に、「まーね」と肩をすくめつつ答えるトリムの手が、ふと止まった。
「あ…?ねーアニキ、ギルドからのお知らせ。依頼リスト、今週の追加分だけどさぁ」
変なのあるよ、というトリムの言葉に、雪風が彼女の後ろからディスプレイを覗き込む。
「ほら、これ……『ラグオル地下研究施設の探索』。探索依頼が出てるブロックが、ちょうど例の場所なんだ。依頼主は……オレらに来たのと違う所みたいだね」
眉根を寄せるトリムの背後で、雪風がぼそり、と呟いた。
「とうとうギルドにまで情報が入ったか」
「となると、こいつを探してるのは他にもいるワケだ…早い者勝ちかー、気合入れないとね」
トリムの言葉に頷き、立ち上がった雪風がトリムの頭に軽く手を乗せる。
「ゆくぞ、トリム」
「おっけー。」
蒼い弾丸が、ほんの一瞬薄闇を切り裂いて消えた。
「……よし」
呟いて、彼は手にしたライフルを持ち直す。
その言葉が終わるか終わらないかのうちに。
ごとっ、と鈍い音がして、それまでびくともしなかった目前の重い扉が、静かに開く。
「相変わらず、無茶苦茶な腕前だな……扉の制御装置まで何メートルあると思ってるんだよ?」
傍らで彼の撃った方角をしばらく見ていたレイキャシールが、そう言って肩をすくめた。
「まぁ、それが俺の専門だからね」
無造作に答えると、彼は相棒を振り返る。
「ここからはキミの専門だろうけどな」
「任せておいてよ」
にっ、と笑い、レイキャシールはその手に握った銃を構えると再び口元を吊り上げた。
「戦闘は火力、ってね。アンタだって判ってんだろ?ジェイルバード」
「よし、掃討完了っと」
あらかた弾丸を撃ち尽くした銃からカートリッジを抜き取り、新しいものと交換しながら彼女は呟く。
「今のうちに、さっさと調べるモン調べちゃいましょ」
「了解……じゃ、さっき言った通り、現状では情報は共有、だ。いいね、ネル」
臨時の相棒の言葉に軽く頷き、彼は明かりと呼べるもののほとんどない薄暗がりの中、無造作に歩を進めると部屋の奥に鎮座する巨大なコンピュータの前に立つ。
キーボードを叩き、そこに納められた記録を検索する……確かに、そこに誰かがいたという痕跡を。
「何か見つかった?」
遠くから聞こえてくる彼女の声。
「いや……駄目だ、こっちは動かない…キミは?」
尋ね返すジェイルに、「こっちも駄目」とスピネルは答える。
「せいぜい施設の見取り図があったくらい……もっと奥だったみたいね、オスト博士の研究室は」
「おっけ、あったよー資料」
端末と格闘していたトリムが、口元に満足げな笑みを浮かべる。
「これでこっちは任務完了、と」
薄暗い室内に、慌ただしい足音と銃声が響く。
「くそっ、なんなんだヤツら……!」
悪態をつきながら、手近な物陰へと転がり込むスピネル。
「俺らの他にも、あのデータを欲しがってる連中は沢山いるって事かな。よっぽど価値があるネタと見える」
呟き、ライフルの安全装置を解除するジェイル。
「とりあえず……俺としてはキミと共同戦線を張っておいて正解だったよ。連中相手に加えて、キミまで相手じゃ分が悪い」
「言ってくれるね。おだてたって、何も出ないわよ?」
苦笑しつつも、スピネルは愛用の銃を抜くと傍らにあった実験機材を盾に、『敵』の様子を見るべく頭部の複合センサーをそちらへと向ける。
「ヒューマンが6、キャスト3、で、ニューマンが一人。こいつはフォニューム、テク気をつけてよ!」
遠くから聞こえてきたその音に、トリムが端末から顔を上げる。
「銃声だ、しかもヤな音、規定無視のばりばり高出力設定かな……やーっぱ来たか、物騒な御一行様!」
「向こうか」
大剣を握り直し、雪風が身を翻した。
その後を追って、スカートの下から愛用の銃を引きずり出したトリムが部屋を飛びだしていく。
凄まじいスピードで通路を駆け抜ける雪風の背中を見送りながら、
「おっと、忘れちゃ駄目だっけ後始末」
さっき出てきた扉の向こう側へと銃弾を一発おみまいして。
噴き上がった爆炎と轟音をバックに、先行する雪風に遅れまいと駆け出したトリムはスピードを上げた。
「……爆発?」
施設を鈍く震わせる振動に、空になった弾倉を交換しながらスピネルが訝しげな顔をする。
彼女の、細かい亀裂や焼け焦げの入った装甲に軽く触れて、口の中で小さく術式を呟いていたジェイルが同じように周囲を見回しながら眉をひそめた。
「……………まだ新手がいるって事か?」
「わかんない、あたしのセンサーの効果範囲にはまだ引っ掛からないみたい…………来た!」
銃を片手に、音の聞こえてきた方向を見やるスピネル。その表情が、段々と険しくなっていく。
「キャストが2体?片方はレイキャシール、もう片方はヒューキャスト……ギルド所属のハンターズ、だけど搬送波でのIDの公開はしてない…擬装登録かな……」
言いかけた言葉は、轟音で遮られた。
「な……んだっ!?」
その音が隔壁を吹き飛ばす程の破壊力を持った斬撃によるものだ、と二人が気付いた時には、すでに「それ」は相手のまっただ中に躍り込んでいた。
淡い金色の煌めきが闇の中で縦横に走るたびに鈍い音と悲鳴が上がる。大乱戦の中から転び出てきたフォニュームが杖を振り上げ……直後に上がった銃声に続けて床に倒れた。
小さな足が、その手元から杖を遠くに蹴り飛ばす。
あまりにも突然かつ圧倒的な攻撃に、完全に不意を打たれた彼らは為す術もなく倒れていき、銃声と剣戟が収まったころには、その場に立っているのは二人だけになっていた。
「制圧完了、っと」
場違いに明るい少女の声が、その場に響き渡る。
無言のまま、傍らに立つ男は手にした得物を担ぎ直した。
「あいつら………」
ライフルを構えたまま、ジェイルは呆然と呟く。
「うっそぉ……何でこんな所に……」
やはり呆然と呟くスピネル。
目の前の二人組。最近はあまり話を聞かなくなったものの、ギルドではそれなりに名が知られたコンビだ。
「…………あ、ハンターズの人だ、ご苦労様ー」
隠れたままの二人のいる方角に、少女がひらひらと手を振った。
「悪いけど、探し物はオレらが貰ってくね。……代わりと言っちゃなんだけどさ、こいつら司法局に引き渡すのは任せるねっ」
じゃーね、と手を振りながら去っていく少女の後ろ姿を見送り……
「「探し物!?」」
顔を見合わせたジェイルとスピネル、二人の声が綺麗にハモる。
「まさか!?」
「ちょっと待ってよ、もしかしてっ!?」
吹き飛んだ隔壁を抜け、通路を全速力で駆け抜ける二人。
それほど行かないうちに、今回の目的であるオスト博士の研究室である事を示すプレートが掛けられた部屋と、その中に鎮座する端末(ただし、その残骸)が見えてきた。
「やられた………」
舌打ちし、天を仰ぐジェイル。
「そんなぁ…………」
ぺたん、と床に座り込んだスピネルが、情けない声を上げる。
「必死で競り落としたのに、ヤスミ2000……前金とヤツらの報償金じゃ、弾薬1セットしか買えないじゃないのよぉ!」