[この日この時この場所で。(前編)]
ざくざくと音を立てて、森の下生えを踏みつけながら、一人のハンターが歩いている。
「……ったく…どいつもこいつも浮かれやがってまぁ………」
どことなく不機嫌そうな雰囲気を漂わせた声で呟いて、彼は周囲を見渡した。
鬱蒼と茂る木々の間からこぼれ落ちる鋭い日差しに、漆黒の装甲がぎらり、と硬質の輝きを放ち、冴えた蒼みを帯びた光学センサーが、一瞬まばたきするかのように瞬く。
「あーもうっ、このクソ暑い中、わざわざ正規のハンターが探してやってんだ、出てきやがれッ!」
怒声と同時に、がつん、と蹴り飛ばした小石は薮の中で餌を漁っていたラッピーのすぐ脇をかすめ、図体こそ大きいものの非常に憶病者なこの鳥を心底震え上がらせてから、近くを流れていた小川の水面を二、三度跳ねて水底へと消えた。
『ひどいなぁ、あのひと。らっぴー怖がっとった』
「しゃーないて」
頭上から聞こえてくる小さな呟きに、彼女は軽く肩をすくめる。
「この暑さや。ウチかてしんどいのに、あちらさんは真っ黒な上に服脱げへんのやし……そらヤケにもなるってもんや」
『ふーん……』
相棒の言葉に、『それ』は闇が凝ってそのまま嵌め込まれたような暝い瞳をぱちくりとまばたかせて小首を傾げた。
『大変なんやなぁ』
「せやで〜」
自分の肩の上にちょこん、と座っている闇のイキモノを見上げながら、彼女は大きく頷いてみせる。
「ハンターズってのは、えらい大変なおしごとなんやで」
パイオニア2による本格的な入植が始まってから続けられてきた、セントラルドームの修復作業が終わったのが一週間前。
一足先に整備を終えていた周辺居住区には、すでにパイオニア2の四分の一ほどが移住を済ませている。
原生生物の変異種による脅威は完全には去っていないが、軍やハンターズ、民間企業による巡回や、ある程度の立ち入り制限によって一応の安全は保たれているのが現状だ。
そんな中、居住区の住人からハンターズギルドに依頼があったのが今朝早く。
昨日、誘い合わせて森へと出かけた子供たちがまだ戻ってきていないため、捜索してほしいというのがおおまかな依頼の内容で、立ち入り禁止区域に迷い込んだ可能性が高いとして、今朝からかなり大規模な捜索が行われている。
もちろん、彼……R10もその一人だ。
肩に担いだ長刀をちらり、と見やり、小さく溜め息をついて。もう一度周囲を見回しながら、彼は誰とは無しに呟く。
「……こんな時、お前がいてくれればなぁ」
肩の上に、見慣れた『顔の無い女』……己の存在を保つため、他者に寄生しその魂を啜るイキモノの姿はもう見えない。それが時折見せた、命持つモノの放つ色とりどりの揺らめきも、もう見えない。
もう一度、溜め息をついて。
「あー、愚痴るんじゃねェ俺!」
思い直したかのように勢い良く首を振るR10。「簡単に他人に頼ってるようじゃ駄目だぞ、俺」と呟きながら目の前の枝を払いのけたその腕が止まる。
斜め前方に、小さな人影。
淡い紫の髪を頭の横でまとめた後ろ姿は周囲をきょろきょろと見回しながら、おっかなびっくり、といった様子で歩いている。
「っしゃ、一人確保か?」
にっ、と笑い、彼はその後ろ姿へと大股に歩を進め……無造作に手を伸ばすとその襟首を掴んで持ち上げた。
「にゃー!?」
突如捕まえられて、妙な悲鳴を上げながらその少女はじたばたと空中でもがく。
「大人しくしろよ、迷子。こっちはハンターズだ」
彼の声に、ぴたり、と彼女の動きが止んだ。
「まいご〜?」
くるり、と振り向いた青い目が、上目遣いに彼を睨む。
「失礼な〜、ウチかてれっきとしたハンターズやでー?ウソや思うなら照会してみいっ。」
その首もとでゆらゆらと揺れている、ギルド発行の認識票と、彼の視界の中に一瞬で出てくる照会結果。
ジュリア=アルフェッタ、11歳。正式にギルドの認可を受けたフォマール……そして総合ハンターズランクは彼よりも上。
「……あ゛…………?」
思わず絶句したR10の手元から、ぼと、とジュリアが落ちる。
「いたいな〜、何すんねん〜」
抗議する割には気の抜けた声を何となく遠くに聞きながら。ジュリアにぽこぽこ殴られているのにも気付かないまま彼は思った。
どうして、俺はこういう変なガキと良く遭遇するんだろう?