[追跡者(あるいは逃亡者)]
『チャンスは一度きりだ』
目の前の男は、そう言ってわずかに微笑んだ。
『いつか君は君自身で進む道を選び取れるようになる。このまま何も考えずに操り人形として生きていくのも、自分で自分の行き先を決めて生きていくのも、どっちを選んでもそれは自由だ……だが彼らに踊らされた愚か者として、籠の中の鳥として死んでいく僕のようにはならないでくれ』
彼の言うことの意味は判らないまま、俺はそれでも何の疑問も持たずに引き金を引く。
音も立てず、綺麗に弾け飛んだその顔は………確かに、俺の顔だった。
『キミがどうしてそんな事を考えたのか、それはあたしには判んないわ』
いつの間にか背後に立っていた女が、そう言って笑う。
『でもね?結局のところキミもあたしも連中からは逃げられないのよ。それでも行くの?』
「………」
目が覚めてからも、彼はしばらく天井を見上げたままでいた。
「やーな夢…見たなぁ………」
のろのろと身を起こし、やや癖のある銀髪を掻き上げながら。
溜め息をひとつだけ残して、彼はドアを開けると部屋を後にした。
ひんやりとした空気が漂うラグオルの地下空洞は、パイオニア2による入植が始まってからもハンターズ以外の立ち入りを禁じられている、数少ない場所である。
「逆に言うなら、ハンターズしか来ないから、こそなんだろうな」
使い慣れたライフルの代わりに(こんな狭い空間で、悠長にスナイパーライフルなど使っていられない)小銃を握った己の右手を少々不満げに眺めながら、ジェイルはそう呟くと傍らの相棒を振り返る。
「何か見つかりそうかい?」
「さーっぱり反応なし。いないのか、綺麗に隠れてるのか…まぁでも、ここらにいるのは間違いないんでしょ?」
愛用の銃を片手で玩びつつ、周囲に視線を巡らせるスピネル。
「ああ……今まで行方不明になった連中の連絡が途絶えた場所ってのがこの近辺に集中してるしね」
『私の姉を探してください』
ギルドに、その依頼が入ってきたのは3日前。依頼主はギルド所属のハニュエール。
彼女の話によれば、彼女の双子の姉がラグオルで消息を絶ったのが一週間前。一向に戻らない姉を探す彼女が、知人のハンターズにも捜索を頼んだのが5日前。
そして、未だに彼女の姉は戻って来ず、探しに行ったハンターズも次々と消息を絶ってしまい、事態が思ったよりも深刻なのでは、と考えた彼女がギルドに報告、正式に依頼として受理された。
「ったく、何だかやたら面倒な仕掛けはされてるわ、サメ寄せの寄せ餌は置いてあるわ……どう見たって誰かの仕掛けたシロモノじゃない、これ。案外、その妹ってのが裏で何かからんでたりね」
出合い頭の一発で沈黙させた原生変異種の死骸をよけながら、スピネルがひょい、と肩をすくめる。
「依頼でおびきよせて……ってやつか?」
ヴァリスタのカートリッジを手早く交換しながら、微かに眉を寄せるジェイル。
「俺には、あまり演技にも見えなかったがね…それに、このテのやり口は個人の、しかも15やそこらの子供でできるもんでもない」
「ま、そこらへんの判断は御本人に訊くとしましょ?」
ふと薄暗がりの向こうで動いた人影を認めたスピネルの目が、つっ、と細められる。
「アナちゃん、よね?そこにいるんでしょ?」
「………だあれ?」
やや舌足らずな声を上げたのは、白い服を身に纏った、ニューマンの少女。
依頼人とよく似たその顔の中で、猫を思わせる吊り上がった目が、まるで悪戯を思いついた子供のように光っている。
「いいから、打ちあわせ通りに行くぞ」
少女を叱責するような声が、その場に加わった。
同時に、二人の足下で立て続けに銃弾が弾ける。
「……っ!」
「避けた避けたっ、すっごーい!」
咄嗟に後ろへと飛びすさったジェイル目掛けて、小剣を構えた少女が跳ねた。
「おにいさん達、やっるぅ!そんだけイイ腕してるなら、いいもの、いっぱい持ってるよねっ?」
無邪気な笑みを浮かべたまま、鋭い踏み込みで飛び込んでくる少女。
「それ全部、アタシがもーらいっ!」
咄嗟に銃を抜いたものの、ここで撃ってしまっては依頼を果たせないのでは、という考えが頭をよぎり、一瞬引き金を引くのをためらったジェイルの目の前で。
「冗談言ってんじゃないわよ、こんのクソガキがっ!」
スピネルの怒号と、ほとんど同時に上がった銃声が空気を震わせ、少女の悲鳴がそれに重なった。
「いったーい!!」
小剣をはたき落とされ、手を押さえた少女が涙目になりながら、うっすらと硝煙を吐き出すヤスミノコフ2000を構えたスピネルを睨み付ける。
「なによなによなによっ!いいもん、後で覚えてなさいよねー!!」
あかんべー、と思いっきり舌を突き出して見せて。
少女は突然くるり、と二人に背を向けると、見事なまでの逃げ足の速さを披露してその場から走り去った。
「あ、こら!」
ジェイルが思わず声を上げた時には、どこからか少女と一緒にこちらを狙っていた人間もすでにその気配を消している。
少女に気を取られていたのがまずかったか、と悔やみつつ、背後にただならぬ気配を感じて、恐る恐る相棒を振り返るジェイル…その顔が、口元を覆うマスク越しにでもはっきりと判るくらい引きつった。
そこには、深紅の装甲を怒りの炎でますます赤く染め上げるスピネルの姿。
「ひとをバカにした子じゃーないですか、え?……だけどこっちだって生活かかってんだからね!覚悟しなさいよっ!」
「あー、ネル……判ってるとは思うが、俺らの仕事はあくまで彼女を連れ帰る事だからね?いきなり発砲したりするのは……」
「わかってるわよっ」
ドスの利いた声で答えると、少女の消えた通路の奥へとぐいぐい歩を進めるスピネル。
かすかに溜息をついて、彼女の後を追おうとしたジェイルの目の前で。
隔壁が、突如として重い音を立てて落ちた。