[逃亡者(あるいは追跡者)]
「……やられたっ!」
舌打ちし、スピネルは一瞬隔壁と、その向こうにいるであろうジェイルを振り返る。
が。
「ちゃんと追い付きなさいよッ!」
それだけを叫んで、彼女は洞窟の奥へと消えた少女を追って再び駆け出した。
あの少女を連れ帰るのが、彼女達の受けた依頼なのだから。
「まいったな…」
言葉の割にはあまり困った様子もなく、ジェイルは目の前で落ちた隔壁を見上げて頭を掻く。
おそらくは、これもあの少女たちのやり口なのだろう。
徒党を組んだハンターズは、こういった仕掛けで分断して一人ずつ片づける。
もしかしたら、さっきの少女の行動も演技だったのかも、と思いつつ。
とりあえずマーカーの反応を頼りに相棒と合流するべく、彼は他の扉を探して歩き始めた。
何かおかしい。
ジェイルがそう思い始めたのは、それからしばらくしてからの頃だった。
何度かここでの探索に参加しているし、他のハンターズが作成したマップなどのおかげで、洞窟エリアの地図は、ほぼ把握している。
それなのに。
本来通れるはずの通路が崩れ落ちた岩で塞がれていたり、各ブロックを繋ぐ隔壁に「向こう側」からロックがかけられていたり。
一人ずつおびき出して金品を奪うつもりにしても、ここまで行動を制限するのはあまりにも不自然すぎる。
「………………」
眉をひそめ、彼は薄暗がりの向こうへと視線を向ける。
さっきから、視界の隅ぎりぎりをかすめるようにして人影が見え隠れしている気がするのだ。
(気のせい、じゃないんだろうな、やっぱり…こっちから視える距離はお見通しって事か)
大きく息を吐いてヴァリスタの銃把を握り直しながら、小さく口の中で術式を発動させるためのキーワードを呟くジェイル。
(とりあえずはデバンド、まだ相手が見えないからシフタはいらないか………あと19、レスタの回数は残しておくかな……)
防御フィールドのうっすらと青い光がハンターズスーツの表面に纏わり付くのを確認して、彼は手近な物陰へと滑り込むと念のためにハンターズIDの送信を切り、息を潜めて周囲の様子を窺う。
その足下で、かちり、と微かな音がしたのと、ジェイルがそこを飛び出すのはほぼ同時。それに一瞬遅れて、爆風と轟音が彼の背中を叩いた。
地面を転がり、しかし即座に飛び起きたジェイルのすぐ横。その銀色の髪を幾本か散らしながら、フォトンの弾丸が通過していく。
「ち、外したか」
マシンガンを両の手にぶら下げたそのハンターは、唇の端を歪めてそう言い捨てると舌打ちした。
「まぁ、そう焦るものでもないわよ」
隔壁にもたれていた女が、微かに笑みを浮かべた。
「……」
黙ったまま、他の二人よりも大ぶりのマシンガンを構えるレンジャー。
「………!」
ヴァリスタを構え、後ろへと飛びすさるジェイル。青い瞳に、一瞬だけ狼狽の色が浮かぶ。
(こいつら、いつの間に…?)
ジェイルのその疑問に答えるかのように、ハンターの男がにやり、と笑みを浮かべた。
「デコイに送り狼される気分はどうだった?…大変だなぁ、視えるものが多すぎるってのも」
「そのまま情報迷彩した私らの目の前に飛び込んできちゃうんだから、気の毒なものね」
くくくくっ、と咽の奥で低い笑いを漏らした女が、太股のホルスターから得物を抜き放つと、真っ直ぐに銃口を彼へと向ける。
「随分うまく逃げ回ってたみたいだけど、それも今日まで。大人しくしなさい、『Gunner Type-Repricant/027』。我々『黒の猟犬』を甘く見てもらっちゃ困るわね」
「しかし、現物ぁ初めて見たが…上手く真似たもんだな。一瞬疑っちまったぜ、本当に人間じゃないかって」
「………だが、所詮は作り物だ。勘違いするな」
三人の言葉に、ジェイルの顔が一瞬だけ強張る…が、次の瞬間にはその表情は先程までのものへと戻っている。
何を考えているのか読めない、奇妙な笑み。
「真似た?勘違い?……それこそ勘違いだな。俺は、元々そういうモノだ」
慎重に三人との距離を測りながら、少しずつ立ち位置をずらしていくジェイル。
相手の得物はそれぞれM&A60、H&S25、L&K14。まともに全弾喰らったらただでは済まない武器だが、射程距離さえ気を付ければさほどの脅威ではない。
しかし、今からしようとしている方法で逃げ切れるかどうかは分からないのだが。
それでも、賭けてみるしかない。
「まぁ、お前さんが何だろうと関係ねぇさ。どうせ、ここで俺らにスクラップにされるんだしな」
ジェイルの動きに気付いていない様子のまま、余り品の良くない笑みを口の端に溜めて、ハンターの男が再び銃口を上げた。
「勝手に決められちゃ困るぜ!」
男の引き金を絞る指の動きに合わせて、地面を蹴ったジェイルは目標を見失った男の頭上を飛び越えた。
助走も準備動作もなしでの限界機動に両の脚が悲鳴を上げるが、構ってはいられない。着地した勢いのまま、開いている隔壁の向こう側を目指して一気に駆け抜ける。
とりあえず、もう一人のレンジャーはこれでハンターの男が邪魔になってこっちを撃てない。
だが、H&S25を持った女ががら空きなのは判っている。走る自分の背中が、彼女からしてみれば絶好の的だというのも。
案の定、銃声に少し遅れて、ハンターズスーツを着ていても防ぎきれない衝撃が左肩を、そのまま立て続けに背中、そして左腕をえぐる。
だが、まだダメージはない。なら、止まる必要はない。
背後から足音が追い掛けてくるのを聞きながら。さらにスピードを上げて、彼はその部屋を飛び出した。