[反逆者(あるいは壊れた人形)]
張り巡らされていたレーザーフェンスを一気に飛び越え、さすがに封鎖されていなかったらしい隔壁を抜けると同時に、扉の制御装置にヴァリスタの一撃を叩き込んで、そこでようやくジェイルは足を止めた。
普段ならしないような動きでかなり無茶苦茶な逃げ方をしてきたせいだろう、身体が熱い。
元々の冷却システムでは冷やしきれない分を補うためか、息が上がっている。
とりあえず、と大きく息を吸い込んだ瞬間、盛大にむせ返って。
「げほっ、ごほ…っっ…!……はぁっ……はぁ…ぜぇ………くそぅ、しんどいなあ…」
(ちょっと無茶しただけでオーバーヒート直前か……本当に射撃以外に芸が無い作りしてやがるな、我ながら)
扉に背中を預け、少しでも冷たい空気を欲しがって、外気を貪る自分の身体を必死でなだめながら。
二、三度咳込んでどうにか呼吸を整え、改めて撃たれた場所を確認して彼は眉をしかめる。
あの状況下で全弾叩き込まれたらしい。ハンターズスーツの肩と、腕の部分についているアーマーがひしゃげて、対衝撃素材のスーツ生地もあちこちに焼け焦げを作っていた。
おそらく、次に同じ場所を狙われたら防げないだろう。
難しい顔でハンターズスーツの焼け焦げをいじっていたジェイルだったが、突然「それ」に思い当たると素っ頓狂な声を上げる。
「………………ああああ、あいつらアダックス三姉弟かっ!?」
この射撃で、ようやく思い出した。かなり前に、それも名前を一度聞いただけだったから、すぐには情報が結びつかなかったらしい。
「ジャスティス使いのマリコ、ヴァイス使いのエイジとコンバット持ちのダンか……嫌味なくらい的確な人選してきやがって…」
隠密行動と遠距離狙撃用に特化された……言い方を変えるなら、近距離での撃ち合いなどほとんど想定されていない、そしてなまじヒトに似た形を与えられているために、通常よりも遥かに装甲の薄いアンドロイドを相手にするのなら、確かに適任だろう。
(………今更…何を言ってるんだ、俺は)
彼らは目的を果たすためには躊躇も遠慮もしない。それを一番良く知っているのは、その「躊躇も遠慮もしない」手段の一つとして今この場に存在している自分自身のはずだ。
(獲物はヴァリスタ、センサーが使い物にならないから目視が頼り、地の利は向こう…どこまで、やれるかな)
『結局のところキミもあたしも連中からは逃げられないのよ。それでも行くの?』
あの時の彼女の言葉を思い出して、ジェイルは小さく溜息をつく。
「行くしか、ないんですよ」
「………遅いわね、あいつ」
淡い輝きを放つゲートの前で、時折いらいらした顔で地面を蹴り付けながらも後続の相棒を待っていた彼女は、不機嫌な表情で呟いた。
「………おねーさん、怒ってる?」
その足下でしゃがみこんでいた少女が、びくり、と身体を震わせ、怯えたように彼女を見上げる様子に、今度は溜息をついて。
「アナちゃん、一人で帰れる?」
ヤスミノコフ2000の弾倉に弾を込め直しながら、スピネルは先ほどビンタ一発で沈黙させた少女に声をかけた。
「クロエちゃんが心配してたぞ、「姉さんが帰ってこない」って。ギルド前で待ってるって言ってたから、早く帰ってやんなさい」
「…クロエ?クロエに会いたいぃ!うん、アタシ帰る、クロエんとこ帰るっ」
ぴょん、と飛び跳ねた薄緑の髪を揺らして、小さな背中がゲートの向こう側に消えるのを見送って。太股のホルスターにヤスミノコフを戻すと、ぱちり、と指を鳴らすスピネル。
その足下に、どすっ、と重い音を立てて落ちてきたものがある。
携帯用ロケットランチャー、別名パンツァーファウスト……次元ポケットにしまいこんでいたそれを担ぎ上げると、スピネルは最後にジェイルを見た区画へと走り出した。
銃声と、それに少し遅れて煌めいたレスタの白い光の粒が、空間に滲んで消えた。
(…………これが、最後…!)
ノイズと警告だらけの視界に、さらにもう一つ「術式発動ユニット使用不可」が追加される。
立て続けのダメージに修復用ナノマシンの増産が追い付かなくなっているせいで結局塞がりきらなかった傷から、血の色によく似た赤黒い循環液が、ぼたぼたと地面に染み込んでいく。
「ずいぶん頑張るじゃあないか」
遠くから、こちらを嘲笑う声。あれはたぶん、三姉弟の次男だ。
相変わらず、三人の姿はこちらから視えない。足音や銃声を頼りに大体の位置をつかむ事はできるが、目視できる距離に入らなければ、正確な位置はつかめない。
向こうもそれを承知で、わざとこちらを追い立てるように撃ってくる。
(遊ばれてるな)
妙に冷静にそんな事を思いながら、思うように動かない脚を引きずって走る。
「可哀想に、最初から抵抗しなければ、そんなに苦しくなる事もなかったのにね」
心底同情しているかのような声は、予想よりも近くから聞こえる。咄嗟に声の位置を割り出して、射線上から回避しようとしたジェイルの耳元で、もう一つ声がした。
「無駄だ」
振り向きざまに構えたヴァリスタを無造作に払いのけて、ダンは容赦なくL&K14の引き金を引く。
至近距離から脇腹に銃弾を撃ち込まれたジェイルの身体が、びくん、と痙攣を起こすとその場に崩れ落ちた。
「お、仕留めたか?」
「判らん。単なる緊急停止かも」
「ンな訳あるか…今ので決まっただろ」
無愛想に答える弟の様子に焦れたのか、近づいてきたエイジは倒れたジェイルの身体を無造作に蹴って転がすと、仰向けになった彼の顔を覗き込む。
「見ろよ、全然動きやしねぇ」
直後。
さっきまでエイジの頭があった空間を、銃弾が通過していった。
咄嗟にマリコが弟の首根っこを掴んで後ろに引きずり倒さなかったら、彼の首から上は綺麗に吹き飛んでいたかもしれない。
「…………呆れたしぶとさね」
呆れ半分、苛立ち半分、といった口調で、マリコは弟の襟首を離すと、震える手でヴァリスタを握りしめてこちらを睨み付けるジェイルへと改めて銃口を向ける。
その右腕、両の足と、容赦なく銃弾を叩き込んで。
「さて、もう動けないでしょ……そろそろ、楽におなりなさいな」
『おーっと、そうはいかないぜ!』
「誰だ!?」
奇妙に篭った叫び声に、三人のうちの誰かが驚愕の声を上げた次の瞬間。
「アタシかい?……人呼んで、『紅の流れ星』ッ!」
高らかに響き渡った名乗りに応えるかのように、轟音を上げて近くの岩壁が崩れ落ちた。
火薬の匂いと、もうもうと立ちこめる砂煙の向こう側で、紅い影が仁王立ちになっているのを認めて。
「…………………マジかよ…………」
ジェイルは掠れた声で呟いた。
まさか、彼女がここまでやって来るなんて。
「『流れ星』だって!?」
「………本物か………?」
「まさか!?ルートは全部封鎖したはずよ!」
突然の乱入者に絶句した三姉弟に、「おや、アタシも有名になったもんだ」と不敵な笑みを浮かべて答えるスピネル。
「安心しな、紛れもなく本物さ。相棒があまりにも遅いもんでね、迎えに来ちまったよ」
ここまで岩壁をブチ抜いてきたパンツァーファウストを構えて三人をじりじりと威嚇しながら、ジェイルの手前まで辿り着いたスピネルが、一瞬絶句した。
「………アンタ、それ…………」
「……………驚いた…だろ…」
(まぁ、無理もないか)
苦労して言葉を紡ぎながら、彼は内心そう思う。外装被膜の下までならばまだ誤魔化せるが、幾つかの傷に至っては内部フレームまで剥き出しになってしまっている。しかも、大量に血が流れ出てしまったせいで、皮膚は土気色を通り越して、ほとんど白に変色しているのだから。
人間だったら、今ごろ生きていない。
「ああ、びっくりした。……随分、酷い目に遭ったみたいだね」
「……ネル………?」
予想もしなかった答えに、戸惑いを浮かべて彼女を見上げるジェイル。更に何か言いかけた彼を遮って、スピネルはポケットからモノメイトを取り出すと、それを彼の目の前へと放り投げた。
「ヴァリスタなんかロクに使えもしないくせに、よく頑張ったよ……後はあたしに任せておきな!」
天井めがけて立て続けに撃ち込まれたロケット弾が、炸裂と同時に大量の砂埃を巻き上げる。
使用済みのパンツァーファウストを放り捨てると、右の手にヤスミノコフ、左手にカスタムレイを構えたスピネルは不敵な笑みと共に砂煙の中へと突っ込んだ。
「本物の拳銃屋っての、見せてやるぜッ!」
「ふざけるな、小娘がぁ!てめェが本物の『流れ星』だとしても、生かして帰しゃしねェぜ!」
「馬鹿!突っ込むんじゃないよ!」
弟達を叱責しながら、マリコは砂煙の向こうで明滅する紅い影を、どうにか捉えるべく煙幕の向こう側に出ようとする。
今回のターゲットの索敵システムに合わせた情報迷彩が、あの紅いレイキャシール相手に通用するかどうか判らない。場合によっては、向こうからこちらが丸見えという可能性がある。
それに、基本的にフォトン武器に対する装備であるハンターズスーツは、実弾に対してはその半分も効果を発揮しない。相手も、それを狙っているのが明白だというのに。
銃声が立て続けに3回、煙幕の向こうから聞こえてきた。うち一発は、ダンのL&K14。……次が聞こえない。
続いて、もう2回。エイジのM&A60の音は聞こえてこなかった。
「あの馬鹿達……!」
舌打ちし、マシンガンを捨てると懐からブレイバスを抜き、薄れかけた砂煙の向こうに浮かぶ紅い影の背中に照準を定めるマリコ。
「さっさと終わらせないとね……」
乾いた銃声に、くぐもった悲鳴が重なった。続いて、何かが地面に倒れる音。
「!?」
振り向いたスピネルの視線の先には、ブレイバスを構えたまま倒れ伏すマリコと、青ざめた顔のまま、それでもパンツァーファウストで身体を支えながら左手でヴァリスタを構えて立つジェイル。
「……殺った?」
「……………いや、麻痺してるだけだ…俺から見えないと思って油断してたんだろうな。それに、右手は潰したから撃てないと思ったんだろ」
それにしても、と、ヴァリスタを下ろしたジェイルは眉をひそめてスピネルを見やる。
「ネル……背中、がら空きだったぞ」
「そのためにアンタがいるんでしょ」
悪びれた様子もなく、あっさりと答えると。スピネルはジェイルに肩を貸しながら、にっ、と笑った。
「ま、無事で良かったわよ相棒」
何だか妙な顔で、ジェイルはしばらく彼女を見つめていたが……やがて、小さく頷いた。
「恩に着るよ」
「そう思うなら、弾薬代で返してくれてもいいわよ?4発ね」
「…………今回の報酬から、治療費引いて儲けがあったら考えるよ……」
「あー………それない。ごめん。アナちゃん先に帰しちゃった。たぶん自発的におうち帰ったって事で処理済み。」
「……マジ…?……………駄目だ、俺死ぬ……」
「あああああ、こんなトコで気絶なんかしないでっ!っつーかアンタ、メディカルセンター連れてっちゃっていいワケ!?こら、答えなさいよー!!」