[この日この時この場所で。(後編)]
ざくざくざくざくと下生えを踏みつけながら、長身の影と小さな影が少し間を開けて歩いている。
「……なんでついてくるねん」
「決まってるだろ、護衛だよ、護衛」
振り返るジュリアに、長刀を担いだままでR10は、ひょい、と肩をすくめてみせる。
「いくらフォースの資格持ってるハンターズでも、丸腰のガキを森の中に一人でほっぽりだしてけるほど、俺ぁ楽天主義者じゃないんでね。どーせお前さんも、あのガキどもの捜索だろ?」
「ガキゆーな。」
ぷー、と頬を膨らませてずいずい歩を進めるジュリアの姿に、よく似た知り合いを思い出して思わず吹きだすR10。
「そう言ってるうちはガキだっての」
笑いを堪えながら、彼は3歩でジュリアに追い付くと、その頭をわしわしと少し乱暴になでる。
「ガキはガキらしくしてたほうが可愛げあるぜ?ここはおにーさんに任せておけって」
「………ウチ11歳やで。アンタより年上や。」
「……………細かい事気にするなよ……」
まだ、それほど切り開かれていない森の中は昼間でもうっすらと暗い。
「足跡があるな」
ふと足を止めて、R10が身をかがめた。
「そうなん?」
つられてしゃがみこみ、地面にじっと目を凝らすジュリア。頷いて、「ほら」と彼女の足下、草が倒れて色が変わっている辺りを指さすR10。
「つけられたのは最近だけど、結構浅いしサイズも小さい。複数、しかも変な体重の掛け方をしてる。歩き慣れた人間の歩き方じゃない…こいつは当たりかもな」
「………………ウチには見えんのやけど………」
「ま、そいつは目のつくりの違いってヤツだ。この調子なら、そんな遠くに行っちゃいないはずだろ」
立ち上がり、R10は足跡の続く方向へと歩を進める。その背中を見ながら、ぱたぱたと走るジュリアは、つい、と左斜め上へと視線を向けた。
相変わらずぼんやりと視線を彷徨わせていた顔の無い少女は、その視線に気付くと微かに頷いてみせる。
『うん。足跡、ちゃんとあるで。ちょっと怖がってるニオイがしとる』
「確かに、このへっぴり腰な歩き方は相当ビビってんな。……ま、しょうがないか素人のガキだし」
振り返らないまま相槌を打ったR10の背中に、ぎょっとしたような視線を向けるジュリア。
「アンタ、聞こえるん?」
「あぁ?お前、自分で言っといて何だよそれ」
振り返ったR10の訝しげな視線は、ジュリアの傍らを離れ、彼の顔を覗き込みながらふわふわと漂うモノを完全に素通りしている。
「あー、いや、ウチの独り言やったし、返事くると思わんかったから」
ぱたぱたと手を振って誤魔化すジュリアの姿に「変な奴だな、お前」と苦笑して、再び歩き出したR10の背中を見送りながら彼女は内心こっそり呟いた。
(いや、アンタのが変や。)
「……っしゃ、ビンゴ!」
『すごい怖がっとる。美味しそうや』
「そこ喜ぶところとちゃう。」
森の中の、やや開けた草地に出た瞬間。
木の上で恐怖に震える少年達と、その足下をうろうろしている原生変異種の姿に、妙に嬉しそうに叫んだR10と、満面の笑みを浮かべた己が相棒を前にジュリアは思わず呟く。
そんな彼女に構う様子もなく。
「とりあえず追っ払うだけでいいか……援護頼むぜ!」
一声残して、R10が地面を蹴った。薄青い光の尾を引いて、長刀の刃がくるり、と一回転しながら狼に似たイキモノ達の群れを薙ぎ払う。
それを見送りながら、ジュリアの肩の上でぶんぶんと手を振り回す闇の塊。
『じゅり、ウチもおなかすいたで。』
「あーもう……わーった、今日のお昼はこいつらやで、相棒ッ!」
眉根を寄せながら、それでも軽く右手を挙げたジュリアの掌の中に、虹色に煌めく刃が現れる。
「な……!?お前、そいつを何処で!?」
長刀を振るう手は止めないまま、しかしその声に明らかな驚愕を滲ませているR10の傍らに、『魂喰らい』を手にしたジュリアが並ぶ。
「知らん。いつの間にかついてきたんや」
何でもないかのように答える小柄な彼女の身の丈を遥かに越える長さの柄、その先端で剣呑な光を放つ虹色の刃。つい先日まで、己の手にしていた得物によく似た姿だが。
……違う。
そう、R10は確信する。今目の前にいる「それ」の刃は見慣れた虹色の煌めきを纏ってはいるものの、その輝きはどことなく頼りなく、うっすらと瘴気すら漂わせていた、あの刃とは明らかに違うものだ。
(ま、あんだけ色々な話があるんだ、ヤツだけってことはないと思ってたけどな……)
折角いい研究材料が手に入ると思ったのにアンタってばなんで解約しちゃうのよ、期間延長料金くらいアタシが払ったのにっ、などと無茶苦茶な文句をつけ方をしていたミィジェの姿を思い出して、微かに苦笑するR10。
「うりゃぁっ!」
今一つ気の抜ける掛け声を上げて、ぶんぶんと『魂喰らい』を振り回すジュリアと、回想を引っ込め、長刀を振るうR10に押されて、「狼」たちはじりじりと後退していく。
中に一頭、際立って目立つ紫色の毛皮を持ったものを認めて。
「やつだ、群れの頭を狙えっ!」
「おー!」
R10の声に応え、ジュリアが勢い良く振り下ろした腕から特大の火球を放つ。なんだかへろへろと力なく飛んでいったそれは「狼」たちの群れの中を抜け………
群れのリーダーの鼻先で、ぼん、と勢い良く弾けた。
鼻の先を焦がされた「狼」がきゃんきゃんと悲鳴を上げて逃げ去るのを見送ってから。
R10が樹上に「おーい、降りてこいガキどもー」と声をかけた。
「こっちはハンターズだ、とりあえずは安全だから、さっさと降りてこいよ」
結局腰が抜けてしまって降りられない少年たちの救助のため、彼らの通報でレスキュー隊が駆けつける事になるのではあるが、幸いにも大した怪我人もなく、このささやかな事件は幕となる。
「「あ」」
ハンターズ・ギルドのカウンター前で鉢合わせして。
ジュリアとR10、二人の声が綺麗にハモる。
「お、今日は何の用だじゅり?どっか行くなら用心棒するぜ?」
「アンタにゃ関係あらへん」
「そう言うなって、人の親切は受けておけって学校で習わなかったのかよ」
何だか楽しそうな様子のR10を遠目に見ながら。
「彼女構ってる時さー、何かやたら楽しそうだよね、ゆっきー……」
「もしかして、アイツああいうシュミなわけ?」
声をひそめてぼそぼそと囁きあうトリムとミィジェ。
「違う違う」
二人の間に割り込んだハニュエールが、同じく声をひそめて少し悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「きっとお子様同士で気が合うのよ、ゆきもああ見えて大分お子様だもんね」
「あー」
「あー」
妙に納得した表情で振り向く二人の視線の先では、ジュリアが結局押しきられる形になったらしい。
「しゃーないなぁ……ま、ウチも一人じゃちょい危ないかな思うとったし、ええわ、ついてきて。……ほな行くで、テンちゃん。」
「………誰だよ、それ………………」
「アンタや、アンタ。」
必死に笑いをかみ殺す後ろの三人は見なかった事にしながらも、R10は思わず大きく溜め息をつく。
(……俺は……もしかして女運が悪いのか………?)
『せやねー、ウチらに好かれるくらいやさかい』
耳元でくすくす笑う声が聞こえた気がして、彼は周囲を見回した。
が、そこには何も見えなかった。