[Epiloge.]
「あー、予想以上に酷いなあ…ほとんど原型留めてないじゃん」
炸薬で吹き飛ばされてグローブも皮膚も焼け焦げ、フレームが折れて捩れた自分の手(だったもの)を見上げながら顔をしかめて。
もう二度と使うもんか、と呟いたジェイルは、視線だけを斜め後ろに向けて口を開く。
「そろそろ出てきてもいいんじゃないですか、アイザーマン主任。貴方だったら間違いなく見てると思ってたんですけど」
「………君に娘を殺されるのはこれで二度目だ」
憤りとも悲しみとも、感嘆ともつかない溜息と共に近付いてきた靴音が、顔のすぐ横で止まった。
「よくもまあやってくれたものだよ、キサラギ君。…そこに、いるんだろう?」
「いると言ってもいないと言っても嘘になりますけどね。まあ、お久しぶりです、と言える程度には」
僅かに片方の眉を上げて見せた彼を見下ろすのは、仕立ての良いスーツを纏った金髪の紳士。
銀縁眼鏡の奥の眼は、「娘」を失った事に対する悲しみよりも、むしろ技術者としての興味の色を浮かべて。
「本当に、驚いた事をやってくれたものだ。正直、ネフェルに任せておけば回収できると思っていたよ…地の利や時間帯、状況が全てベストだったとしても、基本的な性能が違いすぎるからね」
二度目の溜息と共に、アイザーマンは再度彼の顔を覗き込む。
「……それだけの事ができるというのに、どうして君はその道を選んだんだね?君から全てを奪った組織への復讐か?それとも、その状況を作り出す事になった私への報復かい?」
しばしの沈黙の後、彼は、小さく笑った。
「まあ、最初はそれもちょっと考えましたけどね。あれこれ考えてるうちに思い直したんです。あの巨大な組織相手に、たかが備品の一つが刃向かったところで視界にすら入れてもらえませんし、自分がされた事をそっくり誰かにし返したって不毛なばっかりじゃないか、って」
だから、と彼は言葉を続ける。
「僕は俺に、「自分と同じようにはなるな」って言ったんですよ、主任。割り切ることも、はっきりと反抗することもできないまま囚われて、踊らされて、愚か者として死んでいく、そんな僕みたいになるな、ってね」
「それが君の…君たちの答えかね?」
見下ろしてくる眼を見上げて、彼は小さく頷くと、ふと表情を緩めた。
「あとは…一応これでも『お父さん』って呼んでくれる奴がいるもので。二度も無くしたくはないですよ、流石にね」
「それに関しては同感だな。私も、流石に三度目は遠慮したいところだ」
苦笑しながら屈み込んだアイザーマンは、ネフェルの、細いとはいえ決して軽いとは言えない身体をどうにか抱え上げると踵を返す。
「エフェメラには「すべて片付いた」と報告しておこう。ではこれで失礼するよ…元気でな…というのも妙だが、ではな、キサラギ君、ヴェンティセッテ」
アイザーマンの言葉に、
「ジェイルバード、ですよ。どーやったら籠から出られるか判んないけど、とりあえず悪足掻きしてみてる、諦めが悪い鳥です」
そう答えて、ジェイルはにやり、と笑った。
「そういう趣味の悪い冗談はキサラギ君そのままだ」という言葉だけを残して。
ややおぼつかない靴音は、非常階段をゆっくり下へと遠ざかっていった。
晴れた日のハンターズギルドのラウンジは、快晴の元でラグオル調査をしようと目論むハンターズでごった返す。
特に、昼時ともなるとランチ目当てのハンターズで空席を探すのが一苦労という有様だ。
「うへえ、満席かー…まずいな、出遅れたか」
ランチトレイを抱えて立ち尽くす長身のレイマーの背中に、からかうような声がかかる。
「よー相棒、空席お探し?今ならこの席、6000メセタで譲ってやるわよ」
声の主は、立派な上背と体格を活かしてボックス席の半分を占領している深紅のレイキャシール。
「そのあからさまに阿漕な値段は何ですか…っつーかどこから湧いて出たんだよ」
にやにや笑いながらも少し座る位置をずらして隙間を作ってやる彼女の隣に腰を下ろしながら、彼はわずかに顔をしかめた。
「んー…強いて言うなら未だ未払いの弾薬代?」
言われるなりランチも何もかも置き去りにして逃亡を計ろうとした彼の首根っこを掴まえながら、彼女は愉快そうに笑った。
「聞いたわよー、ヴォーテックの私設ハンターズチームの面接通ったんだってー?あそこ羽振りいいみたいだから、お給料入ったらよろしくねー♪」
「あのねえ…いくら企業の羽振りが良くたって、俺ら下っ端もいいとこだよ?扶養家族もいるってーのにそんな余裕が…あいたたた」
「アンタ、誰のおかげでそんな口利けると思ってるわけぇ?アタシがあの時割り込んであげなかったらアンタ今頃燃えないゴミよ?ええい、それが命の恩人に対する態度かー!」
「痛い痛い痛いっ!左手首掴まないでスピネルさん!まだ完治してないから!皮剥けるからっ!」