[EndBringer.]
ラグオルの各地と居住区を結ぶトランスポーター前に、立て続けに二つの人影が現れる。
「やー、営業時間に間に合って良かったわ」
「危なかったですねー…ギルドもトランスポーターのメンテするなら、告知はもっと早く出して欲しいなあ」
スピネルの言葉に、小さく頷いて答えるニューマンの少女。
抜けるように白い顔と、くすんだ金髪…彼女の「父親」とは正反対の色彩を持ったその顔は、しかし確かにその面影を持っている。
基本的に相手が誰であろうとも余計な詮索はしない主義であるスピネルは、だから彼女…ドロシー=マクライルと名乗った…に一目会うなり、「ああ、確かに親子だね」と納得する事にしてしまい、逆にあれこれ聞かれるかと身構えていたドロシーの方が拍子抜けしてしまったらしい。
それでもまあ、共通の話題(渦中の人物がいかに頼れそうで頼れないかについて等)などで盛り上がりながら、二人は概ね問題もなくクエストを遂行した。
「ま、とりあえずコイツを届ければ依頼は終了、と」
ギルドカウンターを横目にケーキの箱を弄ぶスピネルは、ドロシーを見下ろしながら、ひょい、と片眉を吊り上げる。
「で、だ。アタシらにはもう一仕事残ってるんじゃないかい?」
「そうなんですよねえ、残念だけど」
へらり、と父親によく似た笑みを浮かべつつ、ドロシーはスピネルを見上げて答える。
「気を使ったつもりで余計な心配かけるうちのバカ親父、探さなくっちゃですね」
蒼い光の筋を引いて通り過ぎる刃が、ハンターズスーツの一部をえぐり取っていく。
「Hey,往生際悪いワよ、狙撃屋ぁッ!」
外しはしないが決定打にもならない、そんなやり取りの応酬に、明らかに苛立ちを滲ませた声で続けざまの斬撃を繰り出すネフェル。
「往生際悪くて大いに結構…俺はまだ、死にたかないんで、ねっ!」
チェインソードが振り抜かれるたびに一つずつ傷を増やし、それでもギリギリで致命傷になるのを避け続けながら、距離を取ろうと試みるジェイル。
その言葉に、チェインソードを振りかぶったネフェルは一瞬妙な顔をし…直後、口元に大きく笑みを浮かべた。
「イイ事聞いたわ、なんてステキ!ねえ狙撃屋、覚えてル?ネフェル、いつかキミのこと空っぽだって言ったでしょう?」
満面の笑みを浮かべたまま、蒼い死神はモノクロームの狙撃手を見上げる。
「前言撤回、ゴメンね狙撃屋。そんな凄くイイ眼してるなら、キミはもうただのお人形じゃないワケね?エフェメラの大事なオモチャじゃなくって……」
その口元に貼り付けた、三日月の笑みをさらに大きく歪めて。
「キミは…ネフェルのイカした獲物!」
僅かに身を沈めたネフェルは次の瞬間、文字通り目にも止まらぬ速度でジェイルの喉元目がけて飛びかかった。
「勝手に決められちゃ困るね…俺にだって、色々と都合ってもんがあるんだ」
咄嗟に防御呪式を実行、腕を上げてチェインソードを受け止めたジェイルの目の前で、激しく回転する刃がハンターズスーツとシールドの表面を削り取りながら火花を散らす。
「あン、つれないわね…殺してあげルって言ってるのに。生きてなかったら死ねないワよ?」
必死の抵抗を意に介する様子もなく鼻を鳴らし、そのまま押し切ろうと力を加えるネフェルの視界の片隅で、ヴァリスタを握ったジェイルの右手が、僅かに動いた。
「「………!」」
銃口が自分を向くなり、瞬時に身を引きつつチェインソードを翻したネフェルの顔面でフォトンの弾丸が弾け、
倒れ込むように飛び退いたジェイルのやや後方に、銃を握ったままの右腕が血の糸を引きながら転がった。
もはや明かりもまばらな深夜の風景が、高速で流れていく。
「くそうっ、ID送信切ってるどころか回線封鎖ぁ?手間かけさせやがって、あのバカ!」
頭部の複合センサーを展開しながら毒づくスピネルの声を背中で聞きながら、ドロシーは唇を噛みしめるとエアポーターのアクセルグリップをさらに押し込む。
「スピネルさん、三層防壁の突破ってできます?」
「え?あー、四層までなら自前でできるけど」
怪訝な顔のスピネルをちらり、と振り返り。
「すっごい古いけどアクセスできる回線、いっこあります。普段は凍結してるけどパス知ってるから、強制的にこじ開けて繋げますよ」
だから、とドロシーはポケットから端末を引っ張り出しながら言葉を続けた。
「繋がり次第そっちに渡しますから、最悪そこからコントロール乗っ取っちゃって下さい。そのくらいしないと懲りないんだから、あのひと」
「なるほどね、ナイス提案だ。…ほんと、アイツの娘にしとくにゃ惜しいわ」
苦笑混じりの笑みを浮かべたスピネルの側頭部で、ばしゃり、と音を立ててセンサーが完全展開する。
「それじゃ、いっちょよろしく頼んだよっ」
「はいっ」
蒼い装甲を纏った細身の身体が循環液を撒き散らし、周囲の物を巻き込みつつビルから盛大に転がり落ちるのを視界の隅で捉えながら。
(これで仕留めた…訳ないよなあ)
そんな事を思いつつ、身を起こすジェイル。
ネフェルが体勢を立て直し、再度ここまで駆け上がって来るよりも早く、斬り飛ばされた右腕からヴァリスタを取り上げて、距離を稼いで…そこまで考えたところで、彼は溜息混じりの苦笑をこぼした。
(馬鹿だな、俺。片腕じゃライフル使えないじゃないか……手詰まりかな、これは)
[SPINEL:>> やーっと見つけたっ!あんま手間かけさせんじゃないわよ、この馬鹿!]
[027:>> ネ、ネルー!?何、なんでキミがこのライン使ってんのさ!?…あ、さてはドッティのやつキミにこのラインの事バラしたな?]
突然浴びせかけられた罵声に、一瞬ぎくりとした顔になり。さらにそれが組織の『備品』であった頃の専用回線から、ということに狼狽えつつ、それでもジェイルは咄嗟にヴァリスタを拾うと残弾数を確認しながら相棒へと問い掛ける。
[SPINEL:>> 詮索は後回し、面倒な事になってんでしょ?加勢したげるから居場所教えな]
[027:>> ………いや、悪いけどこれは俺の問題だし、俺がケリつけるわ。どんな形でもね]
そう答えた瞬間。
ジェイルの左手が勝手に上がって、自分の頭を握ったままのヴァリスタの銃把で勢い良く殴りつけた。
[027:>> あ痛ー!?ってちょっと待ってスピネルさん、何勝手に人の制御系掌握してますか、しかも接触から1秒以下で防壁突破して侵入って何それ何のインチキ!?]
[SPINEL:>> うるさいバカ、阿呆、スットコドッコイ!それが仮にも家族持った男の言うことかッ!]
何にもない奴が一人でのたれ死ぬのは勝手だけど、守るものがあるなら死んでも生きて帰ってくんのが筋ってもんでしょう、とまくしたてる相棒の声に、一瞬呆気にとられた顔つきになり。
「あーそうか、そうだよね」
どこか気の抜けたような笑みを浮かべて、彼は小さく呟いた。
[SPINEL:>> おっけー、じゃ、早速だけど現在位置を…]
言いかけたスピネルが、不意に沈黙した。
同時に、ジェイルもヴァリスタを手に身構える。
「楽しいわねェ、狙撃屋ぁぁぁッ!でもまだこれから、クライマックスがお待ちかね!!」
外装の破片と、ビルの外壁、そして潰れた右眼の残骸から循環液を夜空に巻き散らかしながら。
蒼い死神はダメージを一切感じさせない速度で壁面を駆け上がり、フェンスを蹴って宙を舞うと、酷使によってフォトンが抜け、巨大な鉄塊と化したチェインソードを力の限り投擲した。
[SPINEL:>> …相手はコイツ?]
[027:>> そう。キミがどこにいるかは知らないけど、たぶん今からじゃ間に合わないな]
チェインソードで、まるで標本のように床面に縫い止められた身体を更に押さえ込むかのように、自分の胸と左腕に足をかけながら自分を見下ろすネフェルの眼を、真正面から見据えながら。
スピネルの問い掛けに、ジェイルは自分でも意外なくらい落ち着いて答える。
「Checkmate!さーあ、もうこれでキミは何にもできないワ。あとはバラバラにするだけ、それでオシマイ、the END」
「かもね。…でも、最後まで勝負は判んないもんだぜ?」
勝利の確信に緑金色の瞳をぎらつかせるネフェルに対しても。
答えた直後、喉の奥から逆流してくる血の固まりに咳込み、妙なところで律義に演技を続ける自分の身体に奇妙な可笑しさを感じながら、それでも冷静に。
[027:>> …ところでネル、ちょっとお願いがあるんだけどさ…]
冷静なのは、別に諦めているからじゃないから。
[027:>> うん、一瞬でいい。後は俺が自分でやれるよ…ああ、頼んだ]
「あら、強がりはカッコ悪いわヨ?じゃあね狙撃屋、さよならバイバイ」
ジェイルの言葉を鼻で笑い飛ばし、ネフェルは彼の首へ指をかけようと手を伸ばす。
その手が、一瞬止まった。
「!?」
驚愕に見開かれた眼が、指の隙間から垣間見える…押さえ付けていたはずの彼女の足を予想外の動きで振りほどいて、その顔を掴んだジェイルの指の間から。
おそらく彼女には、何が起こったのかも判らなかっただろう。
それでも、咄嗟にその手を引き剥がそうと手を上げる、それよりも早く。
「拳銃稼業が両腕くれてやるんだ、それで我慢してくれよ…!」
ネフェルの顔をがっちりと掴んだジェイルは、その手首に仕込んだ銃に起動命令を出す。
フォトンの銃とは違う、重く鈍い炸裂音が轟き…硝煙と焦げた煙が漂う中、首から上の吹き飛んだ死神の細い身体が、ずるり、とジェイルの身体の上から滑り落ちた。