[#02/ふたりの日常。]
ラグオルの地下に広がる洞窟の内部、便宜上「エリア2」と名付けられた区域は、溶岩と地熱で真っ赤に染まったエリア1とは対照的に地下水による滝や淵がいくつか見られる。
草が茂り、その合間を縫って飛ぶ昆虫なども時々見かけられる場所だ。
で、
「わー、とんぼー」
それらの小動物を追いかけるお子様も時々見かけられる場所だったりする。
「くらげー」
「………………」
すでに雪風は何も言わない。と言うより、気にしていない。気にしたところで何にもならない事は判っているし。
ただ、特に意味もなく水を跳ね上げて走り回ったり、そこらの小動物を追いかけて遊ぶ、というトリムの行動を不思議なものだ、と思うくらいだ。
しばらく遊んでから。
「ごめーん、ちょっとマグにごはんあげるね」
トリムは腰に付けた荷物から小さなチューブを幾つか取り出すと、ちょこん、と座りこんで、肩口に浮かんでいるマグを引き寄せる。
「……ほんとに、お前は好き嫌い多いねー」
目の前に浮かんでいるそれを、つんつん、とつつきながらトリムはため息をついた。
彼女につつかれて、いったん沈んだマグが、ぽこ、と浮かび上がる。
「お前が好きなディフルイドって、高いんだよ?結構」
言いながら、トリムは手にしていたチューブの口をねじ切ると、まずマグのコア部分に三つ、それからもう一つを自分の脇腹に設置されているコネクタにはめ込んで、きゅっ、と絞る。
「ご主人様はモノメイトで我慢してんだからさー、お前もアンティパラライズとかモノフルイドで我慢してくれないかなぁ」
たまにスターアトマイザーとかあげてるじゃん。
トリムの言葉を聞いているのかいないのか、満腹になって満足したらしいマグはくるくると回っている。
「そろそろ行くぞ、トリム」
雪風の言葉に「うん」と頷いてトリムは空き容器をしまい込むと、ひょい、と立ち上がった。
「準備はよいか」
「おっけー。」
元気のいい返事を残して、雪風の後を追うトリムの小さな後ろ姿が、通路の向こう側へと消えた。
誰もいなくなった空洞には二人の足音がしばらく響いていたが、それもやがて消える。
しばらくして、かつかつかつかつ、と足音を立てながら、トリムが小走りに戻ってきた。
「や〜ん、マグ忘れてた〜〜!」
「…………」
いつものようにライフルを引きずって小走りに彼の後を追いかけながら、トリムは薄暗い洞窟の天井を見上げる。
「しっかし、ずいぶん深く潜ったねー」
「うむ」
いつものように短く答えて、雪風は大剣を片手に歩みを進めていく。
ふと、その足がぴたりと止まった。
「……」
「………いる?」
見上げるトリムに小さく頷き、通路を区切る重い扉に歩み寄る雪風。
後ろで、トリムが静かにライフルを構える。
暗闇に満たされた扉の向こうへと一歩踏み出した雪風の、それこそ目と鼻の先で。
通路の薄明かりに照らし出され浮かび上がる、びっしりと鋭い歯が並んだ口蓋を大きく開いた、どこか海洋生物を思わせる異形の顔面に、冴えた青みを帯びた光が弾けた。
続けざまに、大剣の刃がその胴を薙ぐ。
「アニキ、あそこにスイッチがある!」
叫び、そのまま途切れる事無く、トリムは引き金を引き続ける。次々と現れては侵入者に群がろうとするイキモノ達を打ち倒し続ける中、開けた空間に飛び出した漆黒の影の道案内をするかのように、蒼い弾丸が一直線に闇の彼方の標的……この空間の照明スイッチ目がけて吸い込まれていく。
「承知!」
同じく短い叫びで彼女に答え、一瞬だけ弾けた蒼い光目指して走る雪風。トリムの弾丸でひるんだイキモノを両断しながら、闇よりも更に黒い影が疾風の速さで駆け抜ける。
闇が追い払われるのと、最後のイキモノが蒼い弾丸を受けて地面に沈むのとは、ほぼ同時だった。
「ふいー」
息を吐いて、トリムは額を拭う。
「トリム……おぬし何をしておる」
「ほっと一息。」
ま、気分の問題だ。
「おぬしの行動は、時折理解できんな」
しばらくトリムを見下ろしていた雪風が、諦めたのか軽く肩をすくめた。
「いいじゃん、別にー。」
「悪いとは言っておらぬ」
ぽん、と彼女の頭に手を置いて。
「ゆくぞ」
彼は、短くそう言った。
「うんっ」
彼女は、それに力一杯頷いた。
そんなこんなで、二人の探索は今日も続く。