[#03/先を歩いているひと。]
トリムはいつも、駅まで歩く。
『天色(Skyly)』居住区の30-05-01、それが彼女の住所。ここから隣接地区への軌道車両ステーションまでは徒歩で10分。
一人で行くときには、ギルドまでは距離がありすぎるからトランスポーターを使うのだけど。
雪風がいる『月白(Whitill)』まではせいぜい2区程度なので、彼女はいつも軌道を使って『月白』まで行き、そこから二人でギルドまで行く。
軌道の窓から見下ろす街は、これまでと変わらない賑やかさを見せているように見えるが、それでもあのパイオニア1の事故は確実に住民に不安を与えているようで、どことなく空気が重い。
いや、不安だからこそ、人々はつとめて明るく振る舞おうとしているようにも見える。
こんな時、彼女はいつもできる限り速く事態の真相を調べて、みんなに知らせたいな、と思う。
同時に、その調査があまり公にできないものであり、一般の人々に調査状況があまり知らされていない事も知っている。
だから、この前ギルドの依頼で、セントラルドームの近くまでジャーナリストの女性を連れていったのだけど。
出てくる原生生物の異変に驚き、居住区に人の気配ところか、その痕跡すらもが一切ない事に怯え、ある一定の時間を境に、パイオニア1の全てが消息を絶った事が判明し……
「これ以上は知ったらダメなのかもしれない」
そう、彼女はセントラルドームを見上げて呟いた。
彼女が言う「ジャーナリストの勘」というのがどういうものなのか、トリムにはよく解らないのだけど。
でも、これ以上みんなを不安にさせるようなニュースは流せないな、というのは解るし、なにより、彼女自身がこのラグオルの環境にどこか違和感を感じているのも事実だし。
彼女の言葉を借りるなら、それはきっと「ハンターズとしての勘」だと、トリムは思う。
出てくるイキモノ達が、彼女が知っている生き物と全く違う事も、そのイキモノ達が、探索の途中で拾ったメッセージによれば「この前までは、みんなおとなしかった」という事も、何かとてつもない理由があるように思える。
だから、あの時に彼女ははっきりと、ラグオルに散らばるメッセージを全部追いかけてみよう、と決めた。
セントラルドームと通信が途絶えてから、探索隊が出るまでの期間を考えれば、メッセージを残した人物に、きっとどこかで追いつける。
そうしたら、そのひとに色々と聞きたい。ラグオルという星を全く知らない自分よりも、少なくともここ数年間のラグオルを知っているそのひとだったら、どこが「違う」のか、きっとわかってる。現に今、そのひとは確実に真相に向かっているようにトリムには思える。
そのひとの手伝いがしたい、とも思う。
あちこちで、そのひとの話は聞いている。とても優秀なハンターだと。自分なんかが、はたして手助けになれるのかなんか判らない。
でも、そのひとは今ひとりだ。セントラルドームから離れていたおかげで巻き込まれずに済んで、でも、そのせいで今ひとりぼっちだ。
そして、どんなに強くたって、ひとりなのは寂しいのだ。
だから。
トリムは、まだ2年も稼働してない、ホントにちっぽけなレイキャシールだけど。トリムがいれば、そのひとは少なくともひとりじゃない。
それに、トリムがいるなら、雪風だっているのだ。彼が頼りになるのは、トリムがそのひとに胸を張って保証できる。
だから、頑張って追い付く。
追い付いて、ひとりじゃない、って伝えたいのだ。
誰もが憧れて、愛してやまないそのひとに。
そんな事を考えながら、ずっと窓の外を見ていたトリムはふと気が付く。
『月白』の駅を乗り過ごして、今は『薄桜(Pinkal)』だという事に。