[#Epiloge/それでもまた、いつものように朝は来る]
闇の塊が、輪郭を失って崩れた。
白い闇を打ち消して、真っ青な光が溢れる。
それは燐光を放つ、蒼い蝶の群れ。ダーク=ファルスが存在したその場所から、蒼い蝶は途切れることなく空へと羽撃いていく。
「綺麗だな……」
「おそらくはパイオニア1の住人達だろう」
空を見上げて呟くトリムに、ぽつりと雪風が答えた。
「人の魂は、時に蝶の身を借りると云う」
蒼い光が天を目指して上り続け、その中で幾千万の蝶の群れは舞い続ける。
前も見えないほどの蝶達の中で、トリムは自分に微笑みかけるリコの姿を見た、ような気がした。
セントラルドームから突然天へと向かって伸び上がった蒼い光の柱は調査隊が現地に到着した時にはすでに跡形もなく、そこには満身創痍のヒューキャストと、片腕を失ったレイキャシールが黙ったまま空を見上げていたという。
トリムが手渡したデリンジャーと紅い腕輪を、タイレル総督は黙ったまま受け取った。
総督府を出る時、トリムは背中に「ありがとう」という声を聞いたような気がしたが、振り返らなかった。
『契約は終了だ』
囁くのは、蕩けるように魅惑的な声。
「そうか……じゃ、代価を払わなくちゃな」
覚悟は決まっていたせいか、自分でも意外なくらいに落ち着いているのが分かる。
だが、「それ」はうっすらと笑みを浮かべたまま首を振った。
『お前は最後までお前だったからな。それでお前を連れていっては私が契約を違える事になる』
……世話になったな、と、そう囁いた言葉が最後。
ふっ、とその気配が遠のいたと思った次の瞬間、そこにはもう、何もいなかった。
代わって聞こえてきたのは、大勢の話し声。
「こっちにもいました、ハンターが一人です!」
「うーん、こりゃひどいなぁ。反応あるか?」
「あー、どうだろう……もう駄目かなぁ?」
ギルドによる捜索隊のメンバーが囁きあう足下で、思いっきり不機嫌な声が上がる。
「………てめーら……勝手にひとを殺すなよ…………」
セントラルドームで発生した爆発事故は、地下遺跡の調査中に構造物の一つが暴走した事による事故である、という発表がされたのが三日前。
そしてその日の未明、政府は引き続きハンターズによる現地調査を行うと共に、未だ未開発の地域をも含めて本格的な入植の準備を始める、という発表を行った。
真っ白い髪を掻きむしりながら、彼女はニュース端末と格闘していた。
「ああもう、どこもかしこも馬鹿ばっかり!何も知らない連中に遺跡の再捜索させるなんて!!」
こうしちゃいられない、と呟くと、勢い良く席を立って壁に立て掛けてあった魔法杖をとるミィジェ。
「今度こそ、真実をこの目で確かめなくちゃ」
「アニキ、待って〜」
いつものようにライフルを抱えて走るトリムを、いつものように少し先で立ち止まって待つ雪風。
ようやく追い付いたトリムの頭に軽く手を乗せて。
「ゆくぞ」
雪風は、短くそう言った。
「うん」
トリムは、大きく頷いた。