[#09/取り残された場所。(前編)]
「うわぁぁぁん」
薄暗い部屋の隅っこで、トリムはしゃがみこんで大泣きしていた。
目の前には、固く閉ざされたシャッター。
ちょっと前まで、向こう側からは何かを叩き付けるような音が聞こえていたのだが。
「駄目だ、開かねぇ……でんこ、諦めろや」
「ええええええ、やだよぉぉぉ」
R10の声に、それまで以上に大泣きするトリム。
「トリムちゃん、落ち着いてー」
扉の向こう側から、友人であるハニュエールのハスキーな声が響いてきても、まだトリムはえぐえぐとしゃくり上げていたのだが。
「ここが『建造物』である以上、必ずどこかで繋がってるはずじゃなくて?位置表示のマーカーと、探査端末は持ってるでしょう?それを見ながら、平行移動する形で合流点を探しましょう」
「ジャギィの提案が、今の時点では一番確実だろう。こちらからも探す。諦めるな」
続けて聞こえてきた声に、ぴたり、とトリムは泣きやんだ。
「……オレが行くまで、待っててくれる?」
「ああ」
雪風の声に、ごしごしと顔を拭うと勢い良く立ち上がるトリム。
「オレ、絶対行くから、だから待っててっ。約束だからね?」
「承知した」
「おっけー。」
それさえ聞ければ、もう大丈夫。
彼は、約束した事は必ず守ってくれるひとなのだから。
扉の向こう側から聞こえてくる『単純なヤツ……』という呟きと微かな苦笑は完全に無視して、愛用の銃を手にした彼女は「いってきまっす」の掛け声も勇ましく、緑色の光が瞬くシャッターへと歩き出した。
とはいえ。
やっぱり一人で回るには厳しいのが現実というものである。
「うわわわわわっ」
ギルチックの発射したレーザーから慌てて身をかわし、シャッターの向こう側へと転がり込むトリム。覗き込んだ、元々は何かの研究施設だったらしい部屋の中央には、びっしりとギルチックが蠢き、天井にはおそらく警備用と思われるシノワビートが仁王立ちして睨みをきかせている。
「くそぉ……アイツに降りられる前にギルチックをどーにかしなきゃなぁ……」
呟いて、手荷物の中からトリムは巨大な散弾銃を引きずり出す。その大きさと重量から連射はきかないが、照準範囲が広い上に一撃が「重い」から、集団を相手取るには結構有効だ。
幸い、ギルチックは動きが鈍いから連射性能の低さは気にしなくていい。
さらにちょっと振り向いて、マグの状態も確認する。巨大な4枚羽根を備えた形態に成長したマグは、その翼を微かに閉じたり開いたりしながら、彼女の背中を守るように浮いている。
「お腹空いてる?」
彼女の問いに、ぴょこ、と一瞬跳ね上がるマグ。
「ちょっとてこずりそうだから、今のうちにご飯ね」
言いながら、手早くトリムはムーンアトマイザーを取りだすと立て続けに3個を開封してマグに与える。
空き容器をしまい込んだら、戦闘開始。
散弾銃を構え、すうっ、と大きく息を吸い込み………
「おらぁぁぁぁぁッ!」
気合いと共に部屋の中めがけてフォトンの弾丸を撃ち込みながら走るトリム。がしゃがしゃと音を立てて向かってくるギルチックを弾き飛ばし、粉砕しながら突き進む。
あらかた片付いた部屋の中央近くで、銃から右手を離し……次の瞬間には、まるで魔法のようにその手の中に小銃が現れている。飛び降りようとするシノワビートの頭を、その銃口が正確にポイントした。
そのまま、一気に3連射。全く同じ位置に着弾した弾丸は、シノワビートの頭部に綺麗にトンネルを作っている。
そのくらいでカタがつくとは思ってないから、トリムは更に容赦なく弾丸を叩き込む。なにしろ、部屋の奥にもう一体いるのだ。こっちにばかり構ってなんかいられない。
がしゃん、と鈍い音を立てて倒れたシノワビートを後ろに。普段の彼女からは想像もつかないほどの厳しい顔で、トリムはさらに持ち替えた機関銃を手に奥へと走る。侵入者に気付いて降りてきたもう一体が着地し、両腕のブレードを展開するよりも早く仕留めないといけないのだから。
シノワビートの爪先が床に触れた音と、間髪を入れず銃声が鳴り響いた、その少し後。
「……おっけー」
銃をしまい、増援がない事を確認してから、緊張の糸が切れたのかトリムは「はふー」とその場に座り込んだ。
「いつもだったら、もうちょい楽にカタがつくのになぁ……」
先日換装したばかりの廃熱器官……一見普通の銀髪だが、中は中空で冷却液が通っている……を指先でかき上げながら、小さく溜め息をつき。とりあえず探査端末を引っ張り出し、マーカーの反応と今までの調査で判明している範囲の見取り図を重ねて、雪風たちの位置を確認する。
「………結構離れちゃってるなぁ……」
眉根を寄せて、しばらく見取り図を睨んでいたトリムだったが、何を思ったか、手近にあった実験施設の一部とおぼしき機材や机を引っ張って移動させ始めた。机、観測機材、イス、果てはギルチックやシノワビートの残骸も総動員して足場らしきものをこしらえると、おもむろにそれをよじ登り始める。
一番てっぺんまで上りきった彼女が、次に手を伸ばしたのは通気孔の蓋。
力任せに留め具をねじ切って無造作に放り捨てると、通気孔の幅を確認して、ごそごそとその中に潜り込む。
ごん。
「……あ」
鈍い音に振り返ったトリムの視界に入ってきたのは、狭い通気孔に主人の後を追いかけて入り込もうとしたものの、その巨大な羽根が邪魔をしてどうしても入れないまま困ったようにふわふわと通気孔入口付近を漂うマグだった。