[#11/二進数の怪物。]
「なんだろ、ここ」
やけにがらんとした、その八角形の部屋を見回しながらトリムは呟いた。
「この施設の中央に位置してるのは確かなんだけどね……"Vol-Opt"?……何かしらこれ」
壁面を埋め尽くす巨大なモニターを見上げながら、部屋の片隅に設置されていたコンソールらしいものをいじっていたジャギィがかすかに眉を寄せる。
「ただのモニタールーム……なんてオチはないよな」
「おそらくはな」
そんな会話を交わしつつ、二人の雪風が部屋の中へと踏み出した瞬間。
突然、モニターに光が入った。
瞬時にして真っ青な光に埋め尽くされたモニターが照らし出した部屋の中、天井から奇妙な形の機械がせり出してくる。
「!」
とっさに銃を構え、それを撃ち落とそうとしたトリムの視界を、何かが横切った。
「今、モニターの中に何かが……」
言い終わるよりも先に、もう一度。
「何、こいつ!?」
再度視界を横切ったのは。例えるならば、海洋生物のようなカタチをしたモノ。どういう理屈でか、しかし間違いなく「それ」はモニターの中を移動している。おそらくは、これがその「ボル-オプト」なのだろう。
だとすると、次に現れるのは……
「そこだぁっ!」
振り向きざまの銃弾と、直後に上がったアラート音が、モニターを震わせた。
まさかの反応に、撃った当人が一番驚いてしまう。
「効いてる?」
「いいから撃て!」
思わず手が止まっているトリムを怒鳴りつけてR10がモニターへと駆け寄ると、勢い任せに鎌を振り抜く。
甲高い音と共に、モニターが一つ割れて砕け散った。が、次の瞬間にはモニターからボル-オプトの姿は消えている。
次の移動先を探そうとして振り向いた4人の目の前で、突然、床から幾本もの巨大な柱が伸び上がった。
その内の一本が、赤く明滅を繰り返した次の瞬間、強力な雷撃を発生させる。
一旦天井へと走り、そこから次々と飛び火するように襲いかかってきた雷撃をまともに喰らってしまい、思わず悲鳴を上げるトリム。
…が、彼女自身にすら、その声は聞こえなかった。
それだけではなく、指一本動かせないという事態に気付いて、再びトリムは声にならない悲鳴を上げる。
先程の雷撃のショックで、どこか麻痺しているのだ。このままでは、格好の的になってしまう。
「落ち着いて、トリム」
再びモニター内部を移動し始めたボル-オプトを雪風とR10が叩いているのを横目に、駆け寄ってきたジャギィが手早く呪文を詠唱する。
レスタと、続いてアンティ。本来なら生物の神経系異常を治療するテクニックだが、ある程度ならキャストにも応用できるので、ハンターズの間では重宝されている。
幸い、損傷は軽いものだったらしい。まだ少しラグが発生するものの、どうにか手足の自由が戻ってきた。
「あ……ありがと、おねーさん」
ようやく動かせるようになった口で礼を言い、トリムは一転、厳しい顔つきでモニターを睨む。
桁外れの打撃にさらされ、あらかた砕け散ったモニターは残すところ、あと1枚。
先程まで姿を見せていたモニターからは、やや離れている。
(後3……2………1…………)
マシンガンを構え、油断なくタイミングをはかるトリム。
青い光を浮かべたモニターが、真っ赤に反転した。
「喰らえっ!」
引き金を絞ったトリムがマシンガンの弾を全弾撃ち尽くすのとほぼ同時に、モニターは粉々に砕け散った。鈍い爆音と振動が、部屋中を満たす。
「やったか?」
呟いた雪風の言葉を打ち消すように。
爆音すらかき消すような音量でアラームが鳴り響く。光が消え、薄い闇が沈殿する部屋の中央に巨大な影がゆっくりと降りてくる。
4方に足が張り出したようなシルエットの、巨大な機械。
「ご本尊のお出まし、ってトコか」
「みたいね」
R10の呟きに頷いたジャギィが、床を蹴った。
一見鈍重なその巨体からは想像もつかないスピードで回頭し、ミサイルポッドを開いた「それ」…おそらくはボル-オプトの攻撃用端末の一種…よりもさらに速く、舞うような動きで斬り掛かる。
付かず離れずの位置を保ち続ける彼女を照準に捉えきれず、ぐるぐると「それ」は回頭を繰り返す。どうやら、一度に複数の目標を狙う事はできないらしい。
がら空きの背面に途切れなく撃ち込まれる銃弾と、左右から叩き付けられる斬撃、そして華麗な舞いの合間に放たれる雷撃。
時折唐突に目標を変える「それ」に狙われた者が囮になっている間に死角から新たな攻撃、そこに再度目標の変更、としばし堂々巡りの攻防が続き。
何度目かに、ばきん、という鈍い音がして、「それ」本体の左右に取り付けられた巨大なパーツと、ミサイルポッドが吹き飛ぶ。
攻撃手段を失った「それ」にトドメの一撃を加えようと呪文を詠唱していたジャギィの目の前で、いきなり緑色の光弾が炸裂した。
「きゃ」
直接的なダメージはないものの、崩れ落ちてきた瓦礫に周囲を囲まれ、身動きができない彼女を照準に捉えた「それ」が、本体からそれまで隠していたらしいレーザーの発射機構を展開する。
「おねーさん!」
叫ぶトリムの背後で、叫ぶ声がした。
「でんこ、頭下げろッ!」
ここから後は、全てが一瞬だった。
考えるよりも早く身を沈めたトリムの頭上を何かが通り過ぎていく気配がし、
ジャギィを閉じこめた瓦礫を雪風が大剣の一振りで薙ぎ払い、自由を取り戻したジャギィが術を開放する。
視線を上げたトリムの視界に飛び込んできたのはボル-オプトの正面に深々と突き刺さった大鎌と、それを避雷針代わりに撃ち下ろされた激しい雷。
そして全ては、爆炎と爆風の中に飲み込まれた。
気が付いたら、メディカルセンターだった。
「はーい、生きてるー?」
部屋に入ってきたのは、薄い青緑の髪をしたフォニュエール。
「…………ミィジェさん?」
「そだよ」
あまりにも様変わりしていたので、思わず確認を取ってしまうトリム。
「何でまたそんなヘンな髪形に……」
言いかけて、「あたしの髪形とかはどーでもいいから」と遮られた。何だかいつも以上に目付きがすわっているような気がしたので、とりあえずトリムは黙っておくことにする。
「……アンタら、凄いわ。」
ぼそり、と呟くミィジェ。
「あの『坑道』の中心部から、さらに地下らしい座標に繋がるゲートが発見されたの。そこに何があったか、知ってる?」
知ってるわけないだろう、というツッコミを我慢しつつ、首を振るトリム。そんな彼女の様子などお構いなしに、ミィジェは話を続ける。
「遺跡、よ。なんと驚くなかれ、この星に先文明が存在したというワケ……でね。これはあたしの知り合いが拾ってきたネタなんだけど……その遺跡の真上に、セントラルドームが位置してるらしいの。すでに調査に入ったハンターズの報告で、遺跡内部、ちょうどセントラルドームの真下にあたる位置で巨大な穴が発見されてるのも判ってる。その穴が、さらに下層にまで繋がってる、ってことも。」
「………」
あまりといえばあまりの話に呆然とするトリムに、不意に真剣な顔になったミィジェは「だからね」と次の言葉を告げた。
「アンタたちに、ギルドの客として依頼したいの。あたしを、その遺跡の奥まで連れてってちょうだい。もちろん、報酬も払うし、あたしにできる限りの助力は惜しまないつもり」
知りたいのよ、そこで何が起きたのか……「彼女」は一体何を見たのか。
そう言った時のミィジェの表情は、何とも形容できないものだった。