[#08/一人の日(後編)。]
人工的な空間のためか、エリア2よりもさらにひんやりとした空気が漂うエリア3。
扉が開くなり強烈なラバータの一撃で周囲の変異種を一掃してしまったミィジェは、最後に何故かフライパンによる一撃で仕留めたナノノドラゴの上に「どっこらせ」と座り込むと、ポケットから取りだした通信機をセットする。
しばらくして。
「やっほー雪、元気してっかーい?」
『………うるせぇ、今取り込み中だ!』
陽気な挨拶に、ノイズ混じりに答える怒声の後ろ側から聞こえてくるのは、原生生物のうなり声。
どうやら声の主は森にいるらしい。
「まあいいから聞くが良いわよ。むしろこのくらいの事でアンタがヒルデベアに殴り倒されたら笑ってやるわ」
あっさりと答えて、言葉を続けるミィジェ。
「アンタとクライアントがお探しの人だけど……あたし、居場所わかっちゃった。洞窟よ、どーくつ」
『………あァ!?ミィジェ、お前とうとうフルイドがアタマに回ったか?』
「失礼な………いいわよ、信じるも信じないもアンタの勝手さね。とりあえず、ギルド裏のいつものポイントにゲートだけは開けておくけどー?」
しばしの沈黙。
『…………おっけー。いいだろ、ひとがいくら頼んでもリューカー使わないお前がそこまで言うなら、乗せられてやろーじゃねぇか』
「それでこそ」
にやり、と笑い、軽く片手を振ったミィジェの傍らに、薄黄色に輝く光の柱が出現する。
その中に人影が現れたのは、それからしばらくした頃だった。
「よーでんこ、調子どうだ?」
ひょい、と片手を上げて挨拶する彼の腰に、がしっ、とトリムがしがみつく。
「を!?」
「うわぁぁぁん、来てくれてありがとうゆっきー!」
「こら待て誰がゆっきーだっ」
とっさにツッコミを入れ、しかし相変わらず自分にしがみついたままでえうえうえう、と泣きじゃくるトリムの扱いに少々困りつつ、傍らのミィジェに視線を向けるR10。
「おいミィジェ、お前…こいつに何かしたか?」
「え?別にいつもと同じだけど?」
「………………」
小首をかしげて怪訝そうな顔をするミィジェをしばし見やり………ふぅ、と溜め息をついて、R10は小さく肩をすくめた。
「なるほどな、よーっく判った」
トリムと、そしてミィジェからとりあえずの状況説明を受けて。
「なるほど、そちらの言う事にも一理ありますね」
R10と同行していたうちの一人であるハニュエールが、傍らに立つ人物を見やる。
「いかが思われますか、若?」
「うむ…以前、家庭教師にも似た事を聞いた覚えがあるぞ。ミィジェ殿の考察は、なかなか的を得ておられるやもしれん。まろは賛成じゃ」
のんびりとした口調で答えながら、「若」と呼ばれたそのニューマンの少年…どうやらそれなりの名家の出らしく、レイモンド=キャンベル=グラウルード3世と名乗った彼はにっこりと頷いた。
年の頃は15歳くらいだろうか。小柄ではありながら、整った造作の気品のある顔立ちをした美少年で、フォニュームが好んで着る派手な(言い換えれば奇抜な)衣装ですら、彼が着ていると歴史上に登場する王侯貴族の服に見えてしまうのは、やはり生まれ持ったものなのだろう。
(うーん、王子様だ)
そんなトリムの感想をよそに、レイモンドは再びにっこりと微笑んだ。
「では、参ろうかのぅ、ヨシノ」
「御意」
「うし、じゃ行くぜ。」
主従のやりとりを聞いていたR10がひとつ頷いて、手にした鎌を軽く一振りする。
「ほら若様、遅れないよーにちゃんとついて来いよ?」
振り返ったR10が、レイモンドのプラチナブロンドを軽く叩くたびに聞こえる、ぼふぼふと気の抜ける音。
「雪風どの、やめてくだされ〜……髪形が潰れてしまうでおじゃる………」
見事な銀色のアフロヘアを押さえて困り顔のレイモンドを見ながら。
トリムは、内心思わず呟く。
(……アフロの王子様……)
「ところでさー、なんで若様、パン屋さん探してるの?」
「まろの家では、祖父殿の代から、あのパン屋からパンを買っておるのじゃ」
ライフルを持ったトリムと、魔法杖を手にしたレイモンド。背丈が近いせいか、なにやら先程から二人は色々と話が弾んでいる。
「まろの母上も、あそこのパンがいたくお気に入りでおじゃった……えい」
懐かしそうな顔で語るレイモンドが、手に持った杖で傍らのポイゾナスリリーをごん、と叩く。
「ふーん……そのパン屋さん、甘いパンとか売ってるのかなぁ?………うりゃっ」
相槌をうつトリムが、ライフルを構えて狙いをつけ……通路の端にいたギルシャークを立て続けに2匹打ち倒す。
「ああ、若があのように楽しそうにお話するのは奥様が亡くなられてから、本当に久しぶりで……ヨシノは、嬉しゅうございます………」
感涙にむせぶヨシノが、手にした大剣でミギウムをざくざくと切り刻むのを見ながら。
(俺、なんでここにいるんだろう………?)
ヒドゥームの剣を鎌で受け流しながら、なんとなく周囲の世界が違うような気がして悩んでしまうR10。
最も、これくらいは序の口だというのを彼は後で思い知るのだが。
「「「いらっしゃいませー!」」」
明るい声と、爽やかな笑顔と、辺りに広がる甘い香り。
「「「ケーキ屋『ナウラ』にようこそ!私たち、パン職人とは世を忍ぶ仮の姿で、本当はケーキ三姉妹なので〜す☆」」」
きらきら輝く電飾でデコレーションされたトラックの、すっかりショーウィンドウに改造された荷台に並ぶ色とりどりのお菓子たち。
「うわぁぁぁぁ」
「美味しそうでおじゃるなぁ」
「では若、いつものパンと一緒にこれも買って帰りましょう」
「「「当店のケーキは人気商品のため、お一人様一日一個の限定販売とさせていただきまーす♪」」」
目をきらきらさせてウィンドウに張り付いているトリム、すでに注文のパンを袋に入れてもらい、さらにケーキを買って箱詰めまでしてもらっているレイモンドとヨシノ、そしてあくまでにこやかで爽やかな三姉妹。
「………こんな洞窟の奥深くで、誰が買いに来るんだよ……?」
思わず呟き、R10はミィジェに「気にしたら負けよ。」と肩を叩かれた。
「ほらほら、アンタも一個買って帰る。あたし今猛烈にケーキ食べたいんだから。」
レアチーズケーキね、と真顔で指定してくるミィジェの姿に、彼は何だかどっと疲れるのを感じていた。
「やっほーアニキ、おはよ〜」
いつものように、彼女はハンターズギルドへ向かう前に雪風の所に寄る。
「久しぶりだな」
変わりはなかったか、と聞かれて、「うんっ」とトリムは大きく頷く。
「あのね、オレこないだギルドの依頼ひとりでやったんだ」
「ほう」
頑張っているな、と言われたのが嬉しくて、更にトリムは笑みを広げると、その日の出来事を語りだした。
「でね、一緒に行ってくれたフォニュエールのおねーさんがね………」
ぱたぱたと小走りに雪風の後を付いていきながら、終わらないおしゃべりを続けるトリム。
そこにあるのは、いつもの朝の光景。