[#10/取り残された場所。(後編)]
ハンターズ達からは「坑道」と呼ばれるその場所は、むしろ何かの工場または研究施設と言った方が近い構造になっている。
その一角、かなりの広さを持った空間に、ばこん、という奇妙な音が響くと同時に、なにやら金属の板状の物体ががらがらとけたたましい音を立てて床に転がった。
音の出所は、天井付近に設置されている通風ダクト。その蓋を蹴り開けた小さな足が、ぽっかりと口を開けた暗がりの中から覗いている。
ややあって、足の持ち主がダクトから顔を覗かせた。
「結構ショートカットできたかな?」
呟きながら、なんだかあちこち埃で白っぽくなったトリムは羽根を畳んだマグを小脇に抱えて「よいしょ」と床に飛び降りる。
幸い、ここには警備用のロボットも配置されていないらしい。
最も、単なる警備用にしては奇妙な場所に配置されていたりと、納得のいかない部分は多数あるのだが。
彼女達の前にここを通過していったであろう人物も、何だか釈然としないような事を言い残している。
「『パイオニア1の残り12%』か……何のために作ったんだろうなぁ、全く」
眉根を寄せつつ、トリムは薄暗い天井を見上げた。
ここの空気が、彼女はあまり好きではない。明らかに誰かがそこに存在していた痕跡があるのに、どこを見てもその痕跡と、かすかな気配だけしかない空間、というのは何か不気味だ。
以前一緒に行った知り合いのハンターは、こう言っていた。
「なんだか、真夜中の学校のよう」だと。
トリムは学校というものを直接見た事はないけれど、その例えは判るような気がする。日中はあんなに大勢の人間がいるというのに、日が暮れた時から一切の気配が消えてしまう空っぽの空間は、確かにこことそっくりだ。
はっきり言って、気持ち悪い。
「あーやだやだ」
首を振り、さっさと仲間と合流するべくトリムは端末を引っ張り出して広げると、現在位置の確認をとる。
マーカーが示す3人の位置は、結構近くなったようだ。
「……ここからだったら話せるかな?」
呟いて、手早く端末を操作するトリム。ハンターズ同士はギルドを介して指定したIDを持った人物に対するメッセージを送る事ができるが、ラグオル全土で観測される通信障害により、あまり離れていると通じなかったり、または相手そのものを検索できないという欠点がある。
とりあえず、まずは雪風のIDを入力して検索。当該IDの所在通知を確認して、今度はメッセージ送信の指定。
「もしもーし、アニキー?聞こえますかー?オレだよ、トリムだよ〜」
『トリムか。無事か?』
「ばっちり元気、オッケー大丈夫ー!」
『そうか』
元気一杯に答えるトリムの言葉に、端末の向こうでげらげら笑う声がした。
『おー、そのアタマ悪そうな声は確かにでんこだ。どーにか生きてるみてぇだな』
「やかましっ。」
通信の向こう側に怒鳴り返しながら、でも少し安心するトリム。
正直言って、この空間にひとりでいることほど厳しいものはない。
『メッセージが届く、って事は結構近くまで来られてるみたいね。………うん、そこからならもう2ブロックぐらい東に進めば合流できそう』
『ねーさんが言ってるのは俺らが東に、だからな?間違えるなよ?お前は北に進めばおっけーだ。』
『それほど遠い距離ではあるまい。もう少しの辛抱だ』
うん、と頷いて、通信を切ったトリムはもう一度見取り図を確認。北側は……まだ詳しい探索の手が入っていないため、部分的に空白になっている。
「まー、こんなモンか」
何とは無しに呟いて、北側の隔壁のすぐ傍にあったスイッチを入れる。がごん、という音と共にロックの外れた隔壁をくぐり……
そこで彼女がでくわしたのは、この施設に配備されている中でも最も大型の自律砲台、ギャランゾだった。
「いやぁぁぁぁぁっ!」
シャッターが開いた途端、飛び込んできたのは絶叫するトリム。
あちこちに焼け焦げを作った彼女の様子に、慌ててジャギィがレスタを唱える。
「大丈夫?」
「うん、どうにか………」
頷いてから、ようやくトリムは目の前にいる3人に気付いたらしい。
「うわぁぁぁっ、会いたかったようアニキー!!」
がば、としがみつくトリムの頭を軽く撫でて。
「大丈夫だ」
そう、短く彼は答える。
その視線の先に、ここから先は一歩も通すまいとでも言うように足を踏ん張って立つギャランゾたち。
「あらまあ、これはこれは……」
長い黒髪をかきあげ、ジャギィが僅かに鼻を鳴らした。
「大歓迎じゃねーか」
虹色に煌めく刃を軽く振って、小さく笑うR10。
「トリム」
2体のギャランゾを見据えたまま、雪風は傍らのトリムの名を呼ぶ。
「任せたぞ」
その言葉の意味を理解して、「うんっ」と大きく頷くトリム。手にしたライフルをしっかりと構え、「おっけー。」と呟く。
ライフルの安全装置を解除する小さな音、それが合図になった。
ハニュエール特有の敏捷な動きで部屋の中に飛び込んだジャギィが、右の手のひらから無数の氷弾を放つ。
そのまま、手にした両剣で足下を氷漬けにされたギャランゾに斬り掛かるジャギィの後ろから飛び出した黒い影が、手にした鎌を横薙ぎに振り抜いた。
虹色の刃が瞬時に輝きを増し、甲高い不協和音を奏でながらギャランゾの分厚い装甲を食いちぎった。まるで腐食したかのようにどす黒く変色した切断面を見せて転がるそれを見下ろしながら、
「…こいつらじゃ、やっぱ喰い足りないか……」
誰にとはなしに呟いたR10が、一瞬僅かによろめいたような気がして、トリムは思わず手を伸ばしかけ…自分の役目を思い出して、再び引き金に指をかける。
まだ、終わっていない。
ギバータの射程から離れていた1体が張り巡らせる嵐のような弾幕の中、龍殺しを手に突き進む雪風。その背後で、トリムは彼に迫るミサイルを片っ端から撃ち落としていく。
弾幕が、一瞬途切れた。
だんっ、と雪風が大きく踏み込む。
まるで花びらのように舞い上がるミサイルが空中で一斉に爆散し、振り上げた大剣がその名の通り龍の唸りを上げながら金色の軌跡を描いて振り抜かれ、
斜め一文字に切り裂かれたギャランゾの上半身が、奇妙なスローモーションで床へと落下していく。
爆炎が上がったのは、それから一瞬遅れてだった。
「あー、危なかった」
ギャランゾの残骸に寄り掛かって、トリムは小さく溜め息をつく。
ふと、さっきの彼の様子を思い出し。
「………ゆっきー、大丈夫?」
聞いた直後に、口の端をつままれた。
「だーかーらー、ゆっきー呼ぶなってんだろうがコラ」
「ひ……ひとふぁひんぱひひてふぃいへやっへ………!」
「おー、案外伸びるんだな。大したモンだ」
抗議するトリムの口の端をつまんで引っ張りながら、何だか感心したような口調でR10は頷いている。
「そのへんにしといてあげなさいよ、雪。仮にも心配してもらってんだから」
くすくす笑いながら、一応止めるジャギィ。
「やだなあねーさん、でんこに心配されるほど、俺ぁへっぽこじゃねえですよ」
「でんこって言うなー!」
R10の手をどうにか振りほどいたトリムが、怒りの形相で彼を見上げる……が、睨まれている本人は、そんな事は全く気にしない。
「だってお前さんトルマリンだろ?電気石だろ?ほら、でんこ。」
「もごおあああああああーーーー!」
げらげら笑うR10の背中に、よくわからない奇声を発しつつトリムがぼかぼかとパンチを入れる。もちろん、全然効いていない。
「あーあ」
まるっきり同じレベルね、と苦笑しながら、ジャギィはさっきから黙ったままの雪風を見上げる。
「"お兄さん"としては、見ていてどう?」
たっぷり1分は沈黙した後、雪風はぼそりと呟いた。
「……………」
あいにくと、もうケンカしてるのだか単にじゃれてるのか判らないトリムとR10の騒ぐ声が喧しすぎてジャギィには何と言ったのか聞き取れなかったのだが。