[#17/ネジレタ祭壇ヘト饗セヨ、ソノ嘆キノ歌ヲ。]
歪んだ咆哮が、黄泉の国を震わせる。
それまでは龍達によって守られていた己の身体、内蔵を思わせる下半身を隠すかのように、崩れ落ちた庭園の向こう、谷底へと一度降りたダーク=ファルスはそこから急上昇してくるとトリム達を真正面に据える。
その背に煌めくのは、虹色の光背。
ちょうど胴体中央に位置するヒトガタ……おそらくは依代とされてしまったリコ……を目の前で見る事になったトリムは、ふとそれに気付いた。
さっきよりも、「彼女」がダーク=ファルス本体に沈み込んでいる。 よく見れば、その身体は未だ本体へと僅かずつながら呑み込まれていく途中だ。
(もしかしたら……)
もしかしたら、まだ間に合うのかもしれない。
「彼女」が完全に呑み込まれる前に、ダーク=ファルスとのつながりを断ち切れれば。
そう判断したトリムが太股のホルスターに銃を戻すのと、腰に吊り下げていたマシンガンを抜くのはほぼ同時。
ヴァイス社の名銃M&A60……取り回しにやや難があるが、威力ならば折り紙付きだ。弾切れを起こしてしまったヴァリスタの、フォトンの再充填には後数分……その間の時間稼ぎにでもなれば良い。
龍達を失ってなお巨大なその身体を揺らし、しかしそれに怯む様子すら見せない不遜な侵入者へと向けて振り上げたダーク=ファルスの腕……その表面に激しく火花を散らし、トリムの手に握られたM&A60は巨大な闇の塊へと牙を剥く。
僅かに勢いを減じたダーク=ファルスの腕に、雪風の大剣が食らいついた。
数百年を生きた龍の首を変成させた剣…その大きく開かれた顎門から零れ落ちる炎が、鱗の上で暴れ回る。
そのまま片方の腕を半ばからむしり取られ、ダーク=ファルスが大きく身を捩った。
混乱と怒りとがないまぜになった感情が、その咆哮と共に圧力を伴ってトリム達に叩き付けられる。
彼女達の知る人間のそれとは全く異質な思考。それでも、何故か意味は通じる。
帰 回 の へ 無 は て 全 贄 よ せ 化 同 と 我
「知るかッ!」
叫び返し、その虚ろな目を睨み返して。
なおもゆるやかに取り込まれていく「彼女」に、ありったけの声を振り絞ってトリムは叫ぶ。
「オレ達、貴女のおかげでここまで来られたんです……!まだ、沢山のひとが貴女を追いかけてるんだ!だから……だから、リコさんは一人じゃ、ないです……ッ!」
お願い、諦めないで!!
そう叫んだトリムの声に答えたのは、かすれた声。
……もう、いいの…………あたしは、疲れたわ…………
「………!」
寂しげで、哀しげな、かすかに笑みを含んだ呟き。
「そんな………」
トリムの手から、M&A60が滑り落ちる。
「オレ達、それじゃ何のためにこんな所まで来たんだよ……」
「トリム!」
雪風の声も、彼女には届いていない。
うつむくトリムの上に落ちる巨大な影。宙高く舞い上がったダーク=ファルスの巨体が、そのあまりにも小さな身体を押し潰そうと迫る。
「………オレは……い……」
ぼそぼそと、小さな声で呟くトリム。
その紫色の瞳が、不意に上空の闇を睨む。
真っ直ぐに、まるで射貫くかのような強い視線。
「……オレは、諦めない!諦めてたまるかッ!!!」
声と共に、まるで魔法のように手の中に銃が現れる。右の手にはヴァリスタ。左の手には雷撃式を打ち込んだレールガン。
一挙動で立て続けに放たれた6発の銃弾は、ダーク=ファルスの剥き出しの内蔵をえぐり取りながら天へと抜けた。
咆哮し、残った腕でトリムの小さな身体を薙ぎ払うダーク=ファルス。地面に叩き付けられ、勢いで数メートル滑ってようやく止まったトリムは、それでも身を起こすと銃を手に、決して退かない構えを見せる。
なおもトリムを叩き潰そうと迫るダーク=ファルスの腕を弾き飛ばす、虹色の刃。
「……ったく、相変わらずお子様は強情でいけないな」
頭上からの声に見上げるトリムに、僅かに笑みを浮かべて見せて。
R10は更に一歩踏み込むと、ダーク=ファルスの胴へと魂喰らいの刃を強引に捻り込む。
「リコ=タイレルがどうしようが、俺には別にどーでもいいさ」
<返セ、虚無ノ主……アノ男ハ……私ノ獲物ダ!>
暗い色の鱗を食い破ろうとでもするかのように、その表面で踊る虹色の煌めき。軋む刃の上げる甲高い金属音。それに混じって、 微かに囁く金属質の声。
「だけどよ、こっちは約束が懸かってんだ……何が何でも果たさなきゃいけねぇ約束がな」
ざわり、と虹色の光が蠢いた。
「やっちまえ、相棒!俺はお前をここまで連れてきてやったんだ、お前はお前の獲物を……お前の、本当の相棒を取り返せ!」
自分の身の丈よりも遥かに巨大なダーク=ファルスの胴に食い込んでいく大鎌へと向けて、R10が振り絞るような叫びを上げる。
「約束だ…俺の魂、お前に………くれてやらぁッ!!」
それは悲鳴にも似た絶叫。名の通り、魂までも凍らせるような叫びを上げ続ける魂喰らいの刃が、硬質の輝きを放つ。フォトンの持つ揺らめきではない、金属だけが持つ冷たい、冴えた輝き。
厭な音を立てて闇の塊を食いちぎりながら。それ自身もまた闇である刃は闇を撒き散らしながら大きく弧を描いて空気を切り裂いていく。
完全に胴を両断されたダーク=ファルスが地響きを立てて谷底へと落下していくのを見送って。
「………これで、いいだろ………?」
得物を振り抜いた姿勢のまま呟いたR10の手から、魂喰らいが澄んだ音を立てて落ちる。
細身の長身が、がくん、と傾いだ。
「あ………!」
トリムが手を伸ばすよりも早く。
その影は、崖の向こう側へと倒れ込み、彼女の視界から消えてしまった。