[#07/一人の日(中編)。]
「さーて、では洞窟にでもへ行きましょうかね」
トランスポーターの制御盤の前で、ミィジェはそう言ってトリムを振り返った。
「え?森じゃないの?甘いものなら果物とかあるし……」
思わず妙な顔になったトリムに、「甘いわよ」とミィジェは指を立ててちっちっち、と振って見せる。
「地表からの持ち込みってチェック厳しいんだから。果物なんか、どう頑張ったって検査にひっかかるじゃないの。それに、クライアントのご希望は『果物の甘さ』じゃなくて『甘味料の甘さ』とあたしゃ踏んだワケよ。」
「だからって、なんで洞窟なのさ」
しごくもっともな問いに、ちょっとだけ真面目な顔になって、ミィジェは口を開く。
「洞窟ってーのは、ただの穴蔵じゃないのよ。特に空気と適度な温度、湿度があるような場所はそれこそ宝の山とでも言えるものなの。生物も、条件さえ合えば鉱物とかも豊富だしね」
「はぁ……」
生物が、と聞かされてトリムの頭をよぎったのは、くらげととんぼだった。
(ひょっとして、あれって甘いのかなぁ?)
が、そんな事には当然気付かずに、ミィジェは言葉を続ける。
「で、もって。こういう所に住み着く微生物の中には、美味しいものの製造に役立つものとかも色々いるワケ……………」
ふと言葉を切り、じーっと中空を見つめるミィジェ。
「微生物の好きな環境……パン………味にこだわる三姉妹…………もしかしたら洞窟にいるんかなー……どーしよ、連絡入れてやったほうがいいかなー……?」
「ミィジェさん?」
ひらひらひらひら、と顔の前で手を振るトリムに気付いて、「あ、ごめん」と我に返ると、ミィジェは言葉を続ける。
「まー、微生物で甘味を出すようなのがいるかはともかく、ありそうなのは甘味料の原材料になる植物とかね。そのくらいだったら、採取して地表の資料としてラボに届ける、って名目で持ち込めると」
ま、いかに要領良く立ち回るかがキモってわけよ、とミィジェは軽く片目を瞑って見せた。
「あつー。やってらんねー」
「ミィジェさん、そんなトコでダレないで!」
「あたし、温度変化弱いんだよねぇ」
言いながらも、手早く呪文を詠唱するミィジェ。
「しょうがない、いっちょ涼しくしましょうか!」
ミィジェの足下にこぼれ落ちる冷気が、瞬時に彼女の周囲を真っ白く染め上げる。体内の水分をたちまち凍結させられて、何匹かの変異獣が倒れた。
倒し切れなかったぶんは、トリムの手にした銃が仕留める。
「ご苦労さまー」
自分が放ったラバータの残留冷気に、「あー涼しい」と目を細めながらばたばたと服の胸元に風を送り込むミィジェ。
「やー、しかしマジ疲れるわぁ」
はふぅ、と息をついて、彼女はおもむろにポケットから小さなカプセルを取り出すと、ぱきん、と先端を折り取った。
そのまま、小さな注射器になっているそれを首筋に押し当てて。
「あー、やっぱコレないと落ち着かないわ」
ぷしっ、とカプセルを潰しながら、ミィジェは目を細める。
テクニックで敵を倒す、というよりも、むしろ手にした杖での格闘戦を好む彼女が、それほど精神力を消耗しているようには見えないのだが、ミィジェは先程から何度もモノフルイドの注入を繰り返している。どうやら彼女、典型的なフルイド中毒らしい。
この精神賦活剤の依存症は、職業柄これらを常用する術者(フォース)や術式構築者(テクノロジスト)に多い症状だが、それほど深刻な害があるわけではないため、規制も特にない。とはいえ、あまり健康的な嗜好ではないのも事実だが。
「とりあえず、こんなとこじゃーロクな収穫もないだろうし、さっさとエリア2あたりにでも行かないと」
温度とか考えたら、一番奥かもねぇ、などと少々すわり気味の目つきでぶつぶつと呟くミィジェを、やや眉根を寄せ気味に見やるトリム。
(いいのかなー、このおねーさん頼りにして……)