[#05/凍りついた場所。]
あまりにも、そこは静かだった。
工場、または何かの研究所…というのが一番近いのだろうか?人の手が加えられている事がはっきりと見て取れる、今まで通り抜けてきた洞窟とは明らかに一線を画した空間。
その静まり返った空間には、トリムと、雪風の足音だけが響いている。
「なーんか……不気味だなぁ……」
人の手で作られているのにも関わらず、全く人の気配が感じられない部屋。
「パイオニア1の人、どっかにいたっていいのに……」
「うむ」
あまりにも静かすぎる空間が怖いのか、さっきから、トリムは大剣を担いで歩く雪風の隣にぴったりとくっついている。
「わ」
びくびくしながらも薄暗い廊下の角を曲がった瞬間、彼女はやはり反対側から進んできた影に勢い良くぶつかった。
「わわわわっ!?」
叫びながらも、トリムの手は反射的に銃を抜いている。
「撃つなよ、こっちはパイオニア2のハンターだ」
銃口を向けられながら、影は片手を上げて見せる。進み出るその長身が薄明かりの中に浮かび上がり……
「あ………?」
あんぐりと口を開けて、トリムはをそこに現れたハンターを見上げた。
光に照らされても影のように黒い、細身のヒューキャスト。彼女を見下ろすのが真っ青な瞳だという事と、手にした得物が虹色に煌めく刃を持った大鎌である事を除けば、それはあまりにもトリムの隣に立つ男に似ていて。
「……何だよ、おちびちゃん。俺の顔に何かついてんのか?」
妙な顔付きで自分を見上げるトリムの視線に気が付いて、彼はわずかに首を傾げる。
「いや、あの………アンタ、パイオニア2のハンターって言ったよね?」
場を取り繕おうとして、ややしどろもどろになりながら言葉を繋ぐトリムを見下ろして、そのハンターはにやりと笑った。
その後に続いて聞こえたその言葉に、今度こそトリムは開いた口が塞がらなくなる。
「ああ、俺の名前は雪風。"Yukikaze-R10"。正真正銘ハンターギルド所属のハンターだぜ?」
「久しいな、R10」
完全にパニック状態なトリムに気付いているのかいないのか、雪風が普段と変わらない様子で目の前の彼……R10に声を掛ける。
「だな……しっかし、どういう風の吹き回しだ?アンタがこんなお子様連れなんて」
「お……オレはガキじゃないもんっ。トルマリンって名前があるんだっ。」
「トルマリン、ね。了解。しかし、それくらいでムキになるなよお子様。」
「だから誰がだーッ!」
思わず声を張り上げ、トリムは思いっきり目の前の男を睨み付けた。
トリムが知ってる雪風と、この「雪風」は全然違う。彼はこんな意地悪な事言わない。こんな風にへらへら笑わない。
何か違う。絶対、違うっ。
びしり、とR10に指を突きつけて。
トリムは心の底から絶叫した。
「そんな失礼な事言うお前なんかアニキのパチモンだーっ!」
「ンだとこらァ!?」
「…………………」
「…………………」
「…………………」
さっきまで怖がってたのが嘘みたいな勢いで、トリムがざくざくと歩く。
その横を、明らかに不機嫌な気配を漂わせて、R10がずかずか進む。
そんな二人に我関せず、といった態度で、雪風が黙ったまま歩を進める。
「なんでついてくんだよっ」
そっちを見もしないで、トリムが妙にトゲのある口調でぼそりと呟く。
「俺はこっちに用があんだよ」
やっぱりトリムを見ようともせずに、R10がやたらドスの利いた返事を返す。
「…………………」
で、雪風は黙っている。
もしかしたら呆れているのかもしれない。
「アニキもこのお邪魔虫に何か言ってよっ」
いつまでもこの状況が続くのが嫌になったのか、くるり、と振り向いたトリムの声に、
「問題はない」
いともあっさりと答える雪風。
「こやつが邪魔になる事は無いだろう。基本戦闘能力では拙者より上のはずだ」
頼りにしていい、と言う彼の言葉に、ふとトリムはかちん、とくる。
彼の頼りになるのは自分だけでいいのに。
そのために、こんなに頑張ってるのに、それなのに。
こんないきなり出てきて大きな顔してるような生意気なヤツを信用している彼に何だか腹が立って、物悲しくて悔しくて、何かもう色々と言いたい事が渦巻いてるけど、そんな理屈は通用しないのも判ってて、それでもやっぱイライラしっぱなしで、ぎゅーっと眉根を寄せているトリムを見下ろしながら。
「……………あ」
何かに気が付いたのか、R10が短く声を上げ、にやり、と笑う。
「ははぁん、なーるほどねぇ」
「なんだよ」
「いや、別にー?」
なにやら含みのある声。
「何が言いたいんだよっ」
声を張り上げたトリムの頭に、ぽん、と手を置いて。
「………ま、せいぜい頑張れや」
彼は、ちょっとだけ優しい声でそう言って笑った。
「な…………なんだようっ」
さらに言い募ろうとするトリムが、何かにつまづいて不意にバランスを崩した。
彼女の足をひっかけたのは、床に転がっている作業用ロボットの残骸。ここが長い間放置されていた事を物語るかのように、良く見ればあちこちに似たような残骸が散らばっている。
「うーわぁ……」
眉根を寄せ、顔をしかめて自分が蹴飛ばしたパーツを見下ろすトリム。
「放棄されて長いのか?」
周囲を見回しながら、訝しげに雪風が呟く。
「噂じゃ、セントラルドームの事故よりも前から放置されてるって事みたいだが……」
言いかけたR10の声が途中で途切れる。
床に散らばっていた残骸、その中の一本の腕が、彼の足を掴んでいた。
思わず足下を見下ろしたトリムの目の前で。ロボットの頭部が、ぐるん、と回ってこっちを「見た」。
「う…………うわぁぁぁっ!?」
悲鳴をあげ、後ずさるトリム。その目の前で、落ちていた残骸の一つ一つが元の位置に戻ろうとするかのように引き寄せられ、次第にカタチを作り上げていく。
自分に掴み掛かろうとするものの、そうするにはあまりにも動作の鈍いその腕をかいくぐり、頭めがけて銃弾を叩き込むトリム。その後ろでは雪風が何体かをまとめて薙ぎ払い、R10が自分の足にしがみつく手を踏み潰し、それに続く胴を大鎌で両断する。
が、しかし。
……トリムはレイキャシールだから、夢を見ない。けれども、彼女は今、それを心の底から感謝した。
ねじれた姿勢で起き上がり、がくがくと奇妙に痙攣しながら、でたらめに繋ぎあわされた腕をこちらに向けて向かってくる、まるでゾンビのようなロボットの群れは、まるで人に聞く悪夢の光景のようで。
こんな光景をもう一度見るくらいなら、夢なんか見たくない。
「いやぁぁぁぁ!」
瞬時にして彼女の手の中に現れた2挺の小銃が続けざまに火を噴く。次々と胴を、頭を撃ち抜かれて倒れ、腕がどこかへとちぎれ飛び、足を完全に破壊され、しかしロボット達は起き上がる事をやめようとしない。
「やだ…………やだよぉ……………」
撃たれても撃たれても起き上がってくる群れ。気が付いたら、トリムは泣いてた。
怖くない、わけじゃない。凄く怖い。でも違う。
何も考えず、考える事もできず、壊れる事さえ許してもらえない、このロボット達をどうにか止めたくて、でも止まらなくて。
どうしていいのかわかんない。
半ばパニック状態で銃を乱射するトリムの足に当たる、硬い感触。
「!」
びくり、として視線を落としたその先には、小さなメッセージカプセル。蹴飛ばした拍子にスイッチが入ったのだろうか、カプセルは今までに何度も聞いたあの声で喋りだす。
『作業用のロボットが暴走してる。ギルチックは簡単に倒せるけど、ダブチックは何度倒しても起き上がってくるわ。気をつけて』
「ダブチックってのはこいつらか!?確かにキリがねぇぞ!」
「らしいな」
鎌を振るいながらも、どこかに焦りを滲ませた声のR10と、いつものように冷静な雪風。こんな時でも、やはり対照的な二人に、トリムはちょっとだけ可笑しくなる。
メッセージは続く。
『ダブチックの耐久性は並じゃないわ。絶対壊れない訳じゃないけど、一体倒すのに、とんでもない時間がかかる……でも、探してみて。制御用の装置がどこかにあるはずよ。それを壊せば、まとめて倒せるはず……幸運を祈るわ』
ぷつん、とメッセージは途切れ、再び静寂が戻ってくる。
その時には、すでにトリムは制御装置を探していた。ダブチック達の脇を駆け抜け、伸ばされる腕をかいくぐって、薄暗い部屋を走る。
センサーに反応。見上げた先には、天井ぎりぎりに浮かぶ球状の物体。
小銃じゃ届かない。
即座にトリムは銃を放り捨てるとライフルを構え、アンテナを四方に伸ばしたそれに照準を定める。
銃弾が制御装置を撃ち抜くのと、ダブチック達が、まるで糸が切れたようにがらがらと崩れ落ちるのは、全くの同時だった。