[#06/一人の日(前編)。]
ちょっとばかり後悔して、しかしどうしようもない状況、というのはいつでもどこでもある。
「どーしても、甘い物が食べたいんですっ。お願いしますね」
「……ハイ、善処するです……」
明後日の方向を向いて力説するその若い女性の迫力に半ば押されるような形で、トリムはかくかくと頷いた。
いつものように誘いに行ったら雪風がいなかった、とある朝。
律義にドア前に残されていたメッセージによれば、何やらハンターズギルドから緊急の依頼が入ったらしく、しばらく戻ってこられないという事で。仕方なく、トリムは一人でギルドに向かい、このまま一人で総督府から依頼されてる探索を進めるか、パイオニア2の乗員からの依頼を受けるか少し考えて。
たまには人の役に立つ事でもしようかな、と思って受付嬢に『何でもいいから依頼回してくれますかー』と言ってしまったのが、どうやら裏目に出たらしい。
ギルドカウンターを出て、しばらくトリムは途方に暮れていた。
ご家庭用のメイドさんキャシールならともかく、火力支援が本分のトリムには、味が分からない。
一応口に入れてみて、ある程度の成分とかは分かるけど、甘いのと美味しいのとでは違うらしい、というのも知ってるから、余計に困る。
「むー……だれかヒューマンかニューマンのひと探してお手伝いしてもらわないとなぁ……」
ちょこちょことロビーの方へと向かい、ぐるり、と周囲を見回して……………
「あ」
「あ」
視界に入ってきたのは、他のハンター達と話していた影よりも黒い細身の長身。思わず声を上げてしまったトリムに気が付いて、くるりと振り向いたその瞳は……蒼い。
「…………」
何も見なかった事にしようと、くるり、と方向転換したトリムはロビーの反対側へと向かう。
「おいこら、シカトかよ」
そんな事を言ってくる声も無視決定。
そこに。
「はぁいトリムちゃーん、おひさしぶり〜☆」
いきなり、トリムは背後から名前を呼ばれた。
「うわーい、ミリオンねーさんだぁ、久しぶり〜」
声の主を認めたトリムの顔が、ぱぁっ、と明るくなる。
その目の前には、めったやたらと体格のいい真っ赤なヒューキャスト。………あれ?
「相変わらずねートリムちゃん、元気そうで何より」
何だかやたらと色っぽいハスキーボイスが似合ってる彼女(?)に、「えへへ」と笑うトリム。
「ほら、オレ元気がとりえだしっ」
「いい事ね」
うんうん、と頷くミリオン……本名はヴァーミリオン、自称『間違ってヒューキャストになったレイキャシール』。
早い話が『オカマさんなヒューキャスト』だが、まぁ、AI専門の心理学者なるものに言わせれば、別にこれは珍しいケースではないらしい。ましてや、男性格と女性格が一応区別されてるとは言え、外見以外での差がほとんど無いも同然のキャスト達だ。そんな定義なんか、何かのきっかけであっさりとひっくり返る。
「今日はカレ、いないの?」
「うん、アニキはお仕事。オレもお仕事」
頷いて、トリムはちょっと困ったような顔で首を傾げた。
「お仕事なんだけどね、甘いもの探さなくちゃダメなの。だから、ヒューマンかニューマンのひと探してお手伝いしてもらわないと」
「あらぁ……」
困った顔のトリムに、こちらも困ったように頬に手を当ててしばし考え込むミリオン。
「心当たり、ないこともないんだけど……私の知り合いは今手が放せないのよねぇ」
「依頼はもーちょっと考えて受けるべきだな」
「全くだねー………って、何でアンタがここにいるんだよっ」
いきなり頭上から降ってきた声につい頷いて、直後に我に返ったトリムが振り向きながら顔をしかめるが、声の主は我関せず、といった調子でロビーの向こうを指さす。
「そこのフォニュエール、ヒマしてるぜ。一応俺の知り合いだから、連れてきたいなら声かけてやるが」
「は?」
妙な声を上げるトリムに、「困ってんだろ?」と聞き返して、R10はひょい、と肩をすくめる。
「ま、そんなトコで延々困られたって周囲が迷惑だしな」
「一瞬でもいいヤツだと思ったオレが間違ってた………」
「何だと?こんな好青年とっつかまえて失礼な。まったく、これだからお子様ってヤツはやだねー」
「誰がだー!」
思わず殴ろうとしたトリムだが、その頭を無造作に片手で押さえるR10。腕の長さと身長差があるので、当然トリムが腕を振り回しても全然届かない。
「うきー!」
「はははははははは、面白ぇなー、こいつ」
「あらあら、仲がいいのねぇ」
くすくす笑うミリオンに、トリムとR10の声が綺麗にハモる。
「「全然っ。」」
「おいミィジェ、ヒマか?」
ロビーの窓際で、眼下に見えるラグオルを見下ろしていたフォニュエールが、近づいてくる黒い影に気付いて視線だけをそちらに向けた。
「なんだ、アンタまだいたの?」
「……なんだとはなんだよ。ヒマしてるヤツに仕事持ってきてやったってーのに」
「仕事ぉ?」
特徴的な長い耳の先をわずかに動かして、ミィジェと呼ばれたそのフォニュエールは面倒そうに向き直る。
「なに、アンタと組むワケぇ?」
「違う。っつーか俺は別件でもうじき出る」
きっぱりと言い切るR10。状況を掴みあぐねてか訝しげな顔になるミィジェに、彼は傍らにいたトリムを「お前が組むのはこっち」と指さした。
「ま、見ての通りのレイキャシールでな、何かややこしい依頼受けてきたらしくて、協力者募集中なんだと。」
「ふぅん」と頷いたミィジェの物問いたげな視線に気付いて、R10はさらり、と応える。
「でんこだ。」
「りょーかい、でんこちゃんね」
「誰がッ!トルマリンだ、トルマリンー!!」
なんだか前途は多難っぽい。