[#13/封印空間・弐。]
ひんやりとした空気と薄い瘴気。決して暗闇ではない、むしろほの明るい………けれども確かに闇に満たされている空間。
最初に気が付いたのは、トリムだった。
もうすっかり見慣れてしまった、小さなメッセージカプセル。
「記録した日付とか、わかる?」
トリムが拾い上げたカプセルを覗き込みながら、ミィジェが問う。
「…………んー………」
しばらくカプセルをひっくり返し、おもむろに髪の毛の中からケーブルを引っ張り出すとカプセルに繋いでいたトリムが「むぅ」と眉根を寄せた。
「なんだろ、時計がおかしくなってる。日付とか目茶苦茶だ。やっぱりこれも通信障害のせいかなぁ」
「このテの機器ってのは多少の磁気とかじゃ壊れないようにできてるだろ?」
不審げに覗き込んでくるR10に、ミィジェが頷いてみせる。
「磁気嵐に放り込んだって、そうそう狂わないわよ……むしろ、この場所の影響で歪みが出ている、って事かな……再生してみて」
再生スイッチを入れられたカプセルから流れ出した声は、ひどいノイズまみれだった。それでも、その声は紛れもなく聞きなれたリコ-タイレルのもの。
『やはり先文明のものだったんだろうか、あのモニュメントの文字と同じ文字がここには沢山刻まれてる。おかげで、あのモニュメントの言葉の意味がどうにか掴めそうになってきたわ。』
この遺跡の扉にも刻まれていた、かつて知られたどの国のものでもない言葉。
メッセージは、ざらざらと雑音を纏いながら、それでも続いていく。
『やや意訳になるかもしれないけど、おおむねこんな文章になるみたい。……「光在りて 影を成し 対在りて 対無く 不在の在 かかる姿の 転生の 宴 無限なる 律 ここに 印結びなさん ムゥト ディッツ ポウム」……』
「対在りて対無く…陰陽論かな、本来揃ってる両極があってないような空間だから、それを封じるための封印?」
メッセージを黙って聞いていたミィジェが、ふと呟いた。
「いや違う、無限の堂々巡りに印をするんだから、もともと閉じていた時点で流動は止められてバランスは保たれてるんだよね、でも開いた事で両極は再び混沌で。封印式で再度封じられると長い時間をかけてまたバランス調整されるのかな…ってーと、今の封印と解呪が繰り返されるここの状況はひたすら混沌の闇鍋状態で……でもって、ここってばどっちかっていうと陰の気配強めで」
ぶつぶつと口の中で呟き続けていたミィジェの青い瞳が、不意に大きく見開かれる。
「それって、目茶苦茶ヤバいんじゃ……いやヤバい、マジでヤバいっ」
「どうしたの!?」
驚いて問い掛けるトリムの肩を、非力なフォニュエールの手とは思えない勢いでミィジェの手が掴む。
「今すぐ選択して。このマトモじゃない空間からとっとと逃げ帰って、総督府に報告して封鎖してもらうか、このまま進んだらどうなるかも分からない奥に進むか」
あまりにも切羽詰まったミィジェの表情に度肝を抜かれて、しばらく立ちすくんでいたトリムだったが、やがて、彼女は困ったように小さく笑った。
「オレらが帰っても、行く気でいるでしょ、ミィジェさん。クライアント残して帰るわけにはいかないよ?」
「別に、キャンセルしたって恨みはしないってば」
「それはできんな」
ミィジェの言葉に、それまで沈黙を保っていた雪風が口を開く。
「依頼である、という以前に、ここがおぬしの言うような危険な空間であるのなら……なおのこと、拙者らはおぬしを置いてはゆけん」
「俺は、約束があるんでな。嫌でも進まなければなんねぇし……だったら、別行動よりかは一緒のが効率もいいだろ?」
雪風の言葉の後を引き取って、R10がそう言うとにやり、と笑った。
「どうせてめぇには引っ張り回されっぱなしなんだ、腐れ縁のよしみで付き合ってやるよ」
自分より頭二つ分は確実に高いその顔を見上げていたミィジェは、やがて心底呆れた顔で「信じらんない」と呟く。
「アンタら、どーしようもないお人よしだわ………」
ははは、と力なく笑うミィジェに、
「ヒトを守るのが、我らの使命だからな」
「お人よしで悪いか。元々、そーいう風にできてるんでな」
「ヒトのお手伝いするのがオレらの仕事だけどさ、でもそれ以前に仲間、だからね」
三者三様の返事を返すキャスト達。
「全くもう……」と呟いて、ミィジェは口の端を軽く吊り上げた。
「おっけー、じゃ急ぎましょ。彼女に追い付けるかどうかは分からないけど」
「「はーーーーーー…」」
あんぐりと口を開けたまま、トリムとミィジェはそれを見上げていた。
「どこまで続いてんだ、これ」
二人とは逆に、R10はその下にぽっかりと口を開けた巨大な縦穴を見下ろしている。
「まさか、こんなにデカいなんて……」
呆然と、ミィジェがその穴の先……セントラルドームがあるであろう場所を見上げて呟く。
「こんな強烈なエネルギーが噴き上がったのに、ドームに目立った損傷がほとんどなかったのは……どういうこと?」
「物理的爆発ではない、というのか?」
雪風の問いに、「そんな事があり得るかは分かんないけど」と答えて、再び穴に目を向けるミィジェ。慎重な足取りで穴の縁へと近づき、無残にえぐられた岩盤にそっと触れる。
「まるで、すっぱりと切り落とされたみたいな断面……熱で溶かされた、とかそういうのでもないみたい……何かの力で、まるごと消滅させられたような感じ」
ミィジェの言葉に、トリムはふと、先程拾ったメッセージの言葉を思い出す。
『ここは遺跡なんかじゃない、これは棺……何かを埋葬するためだけにこの星に撃ち込まれた、巨大な宇宙船』
この穴を開けたもの、それこそが埋葬されているものなのだろうか?だとしたら、埋葬されている……「死んで」いるはずのそれは何故、今になって再び活動を始めたのだろう?
そしてトリムは更に思い出す。ここが封じられた場所であった事を。その封印は、すでに一度解かれてしまっていることを。
「綻んだ封印、か……」
トリムと同じ事に思い至ったらしい。穴の奥底へと視線を落とし、ミィジェはぎゅっ、と眉根を寄せる。
「この下に……一体…何があるんだって言うの?ここは、一体何を封じてるの?」